横山 秀夫〔著〕
講談社 (2005.9)
\620
評価:☆☆
単行本で売れていた頃、嫁さんと面白そうだから文庫になったら買おうか、と話していた本。いつのまにやら文庫化されていたので、先日『脳のなかの幽霊、ふたたび』の書評で頂いたポイントを使って購入した。
梶という警官が妻を殺害したと自首してくる。一人息子に白血病で先立たれ、アルツハイマーを病んだ妻が亡き息子のことすら忘れ去ろうとしている自分自身から逃げたくなり、夫に自分を殺してくれ、と頼むんだ妻を扼殺したという。嘱託殺人、である。梶の澄んだ目と、いくつかの根拠から周囲は梶が近いうちに自殺する確信を抱く。しかし、梶は自殺するつもりなのになぜ自首したのか。なぜ自首した上で自殺しそうな雰囲気を持つのか。さらに、梶は妻を殺害してから自首するまでの2日間のことを決して話そうとしない。その”空白の2日間”に一体何が起こったのか。
この空白の2日間の謎こそ、追いかけるべき謎になる。謎を追うのは警官、検察、裁判官、弁護士、記者、刑務官の6名。白血病、アルツハイマー、老人介護、記者クラブなど、多くの社会の側面を切り取って、そこに組織同士の対立を織り込んでいる。
ところが、どうにもこれが盛り上がらない。登場人物の過去については考えられているものの、内面については浅薄で、印象に残る人物がいない。空白の2日間の扱いにしても、そこに最大の謎があるはずなのに最後はちょっと良い話で落とす、程度の使い方しかされていない。まさか、著者が”中途半端なオチ”だと思うから『半落ち』なんてタイトルにしたんじゃあるまいな、と思ってしまう。
問題は明らかにネタの盛り込み過ぎによる主題のボケっぷりにある。アルツハイマーならアルツハイマーにネタを絞れば良かったし、空白の2日間を取り上げるならもっとそこに焦点を当てればよかった。組織同士の対立を描くのであればそれでも良い。しかし、その全てを盛り込むと途端に主題がボケるのだ。読了後も、なぜこれが騒がれたのか全く理解できなかった。出版社側のベストセラー製造コンベアーに乗っただけのような気がする(例えば、『世界の中心で愛をさけんだ獣』のタイトルをパロった小説みたいな感じ)。時間の無駄とまでは思わないが、敢えて読むだけのこともないように思った。
以下、ネタバレです。
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村上 宣寛著
日経BP社 (2005.4)
\1,575
評価:☆☆☆☆
先日紹介した『フロイト先生のウソ』があまりに面白かったので、つい本屋で見かけた同じような感じの本にひきつけられてしまった。そんなわけで順番待ちをしている積読を放置してこちらを優先することに。
フロイト〜はやはり翻訳ものである以上、外国の状況について書かれているわけで、そんななかの記述から日本の状況と自分勝手に比較する必要があった。それに対して本書は日本人が日本の”心理学もてあそび”に対して批判をしているのでしっくりくる。
取り上げられているのは、血液型占い、ロールシャッハ、就職試験でよく使われる内田クレペリン検査(私もやらされた)、性格検査の定番のYGテストである。血液型占いについてはその成立の経緯やあらゆる過去のデータから極めて疑わしいことがそれなりに知られていると思うが、その他のものはまだ権威を持っているのではなかろうか。
しかし、仔細に検討するとロールシャッハも内田クレペリン検査もYGテストもどれもこれも効果がない、というのが本書の指摘することである。そのいずれも、性格や能力を全く説明することができず、あてずっぽう程度の効力しか持たない、ということを多くのデータから説明する。それどころか、内田クレペリン検査では真面目にやるとどうしてもバラツキが出てしまうがこのバラツキにより性格に問題があると判断される可能性まであると言う。ではどのような態度で試験に臨めば良いのか。なんと、真面目にやらないで適当にやるべきだ、というのが結論。
『フロイト先生のウソ』があまりに蔓延して害をもたらしている精神分析に対する批判である一方、こちらは「心理テストは当らなければ意味がない」という視点からの批判であるため雰囲気は随分異なるがどちらも人間そのものをきちんと受け止め、性格や能力を判断するのは難しいということを示しているのではないかと思う。また、『フロイト先生のウソ』がアメリカの精神分析業界批判であるのに対して本書は日本の心理学濫用を批判しているため、我々読者には本書の方が切実な問題を取り上げているように感じられる。特に、これから就職試験を受けようと思っている方や、企業の人事部門の方は読んでおいた方が良いのではなかろうか。
ただし、血液型占いについても知られているのはせいぜい”それなり”のレベルに留まっており、現実に差別に近いことも起こっている事実がある。この問題については、「いんちき」心理学研究所の「血液型と性格が関連している」という差別やSWANの「Trust me!」の血液型性格判断の嘘などで述べられているので、興味のある方には一読をお勧めしたい。
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野中 郁次郎著 / 戸部 良一著 / 鎌田 伸一著 / 寺本 義也著 / 杉之尾 宜生著 / 村井 友秀著
日本経済新聞社 (2005.8)
\2,310
評価:☆☆☆☆☆
戦争とは勝負の一形態であるから必然的に勝者と敗者を生み出す。中には必然に見える展開もあれば、逆転が見られる展開もある。戦争が始まる前からなんらかのファクターによって勝者と敗者が運命的に決まっているわけではない。勝敗を決するには始まる前の準備段階は重要なファクターではあるが、始まった後のダイナミックな相互作用こそが決定的な要因を占めることの方が多い。戦いである以上、相手があるのだから、当然と言えば当然かもしれない。
では、戦争の理論はどうなっているか。相手の存在をどう扱ってきたのか。本書はここから解き明かすため、戦略論についての歴史を語る。『戦争論』で知られるクラウゼヴィッツは当然として、ジョミニやリデルハートといった理論家達がどのように戦争・戦略を捉えてきたか。どこまで有効で、どこから無理があるのか。
だが、本書の面白いところは戦略の歴史を語っている部分ではない。理論の発展を眺めた後で語られる、実際の戦史こそ面白いのだ。戦史が面白い理由の一つは、一次文献に過度に頼ることで事実としての重みを表現する代わりに一般人から見ての面白さを削減させてしまう悪弊に陥ることなく、簡潔で要点を絞った事実の流れを追いかけていることにあると思う。そこに加えて指導者が何を目標にし、どのように判断して目的を達成したかを書いている。歴史とは人間の営みであるのだから、兵器の性能や兵装などのスペック比較だけでは語りきれない面があるわけで、そこを上手く表現できているのも大きい。
そしてなによりも面白いのは、”逆転”を取り上げていることだ。勝てるべくして勝てた戦いを書くのではなく、なぜ彼らは逆転ができたのか(または逆転されてしまったのか)を描いている。取り上げているのは以下の戦いである。
中国内戦 国民党対共産党
バトル・オブ・ブリテン ドイツ対イギリス
スターリングラード ドイツ対ソ連
ベトナム戦争 北ベトナム対アメリカ
第4次中東戦争 エジプト対イスラエル
どのようにして共産党は物量に勝る国民党に勝てたのか。イギリスは如何にしてドイツの襲来を放棄させるに至ったか。またその狙いは何か。スターリングラードで勝敗を決した要因は何か。ベトナム戦争で北ベトナムが南を制圧できたのはなぜか。第4次中東戦争の狙いは何で、目的を達成するためにサダトはどのようなことを行ったのか。
上記の戦いの概要を、戦闘の狙いと帰趨、指導者の狙いと彼らが構想した戦略上の位置づけがどのようなダイナミズムで作用して行ったのか。それを眺めるだけで十分に面白い。終章において、これらの戦いから戦略に要する10のポイントを選び出す。理論の流れと事例の説明があった後だから、すんなり頭に入る。構成の見事さを感じさせるし、それぞれのポイントを導くにあたっては冷静に思考されたことが見てとれるのが良い。敵と見方の複雑な相互作用の中で、勝敗を分ける中核を見抜く力を得るには何が必要なのか、過去の歴史から学ぶことのできる良書である。併せて彼らの前著であり、日本軍がどのような失敗を犯したのかという研究から失敗に至る経過を追った『失敗の本質』もお勧めしておく。
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ロルフ・デーゲン著 / 赤根 洋子訳
文芸春秋 (2003.1)
\740
評価:☆☆☆☆☆
ある意味、タイトルに偽り有り、である。なぜなら、タイトルから受け取るイメージよりもずっと広範な問題を取り上げているからである。では、主題から逸れて纏まりなくなっているのか、というとそうでもない。タイトルから予想される内容は、それはそれできちっと書かれている。凄いことである。
ノーベル生理学・医学賞受賞者のピーター・メダワーはなぜ心理療法を「最悪のペテン」と評したのか。それは心理療法が全く役に立たないからである。そう断言されると、”幾らなんでもそれは言いすぎではないのか”と思われるかもしれない。しかし、実証的に見てみるとそれが間違いのない事実であることがはっきりする。
本書はそのような観点からフロイトが考案した心理療法がどれほど無意味なのかを多くの検証結果から述べる。そういった点ではアイゼンクの『精神分析に別れを告げよう』に近い。本書はより多面的に心理療法の問題を取り上げている。おまけに安価(笑)。
目次をみただけでも面白そうである。目次には”第一部 「影響力」のウソ”では心理療法や教育法、マスメディア(コマーシャルや報道)、能力開発について、”第二部 「心」のウソ”では無意識、自己認識、自尊意識、心身症、多重人格について、”第三部 「意識」のウソ”では瞑想や催眠、更には臨死体験を、”第四部 「脳」のウソ”では10パーセント神話と右脳と左脳と項目だけが並ぶがどれもどこかで聞いたことがある現象ではなかろうか。
例えば、ほとんどの人は自分について過剰な自信を持っている。客観的な自己認識を示せるのは鬱病患者くらいだ。多重人格はどうか。多重人格は、出現する地域が非常に偏っていることが知られている。フランスやドイツでは殆ど出現しない一方、アメリカでは2万例以上出ていると言う。不思議な現象だ。スイスでは、患者の70%をわずか6名の精神科医が発見しているという。多重人格は、患者が心理療法士が抱く期待に応えて出現する現象に過ぎないのである。
と、このようにフロイトのウソを暴く過程でどうしても人間の精神とはどのようなものなのか、なぜ多重人格に見えるような現象が起こるのか、ということに踏み込んでいく。フロイト批判を超えて、精神の骨格はどのようになっているのかを心理的な要因から追いかけているように思える。このような研究が脳研究と対を為すことで、精神のあり方に踏み込むことができるのではなかろうか。
多くの項目を取り扱っていながらその全てで深い調査が為されていて非常に面白かったが、項目が多すぎるためそれぞれについて興味が沸いたら特化した本を読んでみた方が良いと思う。広く浅くでありながら骨太でもある本書は心理療法に興味のある方なら目を通しておくべきであろう。なお、個人的には、記憶については『抑圧された記憶の神話』のロフタスが記憶に関する研究で取り上げられていたのが良かった
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池内 了著
晶文社 (2004.8)
\2,310
評価:☆☆☆
宇宙物理学者の池内さんはまたそのエッセイでも有名である。面白いエッセイストに共通するのは話題が豊富なことが挙げられると思う。さらに、面白い経験を積んでいることが必要だろう(面白い経験というのは日常生活の中にも幾らでもあって、そこに気付くか気付かないかが問題だと思う)。池内さんはどのどちらも申し分ない。おまけに文章は分かり易く丁寧。となれば面白いエッセイとなるのはもう約束されたようなものだ。
遺伝子組み換え食品や狂牛病、スペースシャトルの安全性(コロンビア墜落の前に書かれたエッセイです)、科学と社会はどのように付き合って行くべきか。あるときには科学の面白さを、またあるときには科学の行きすぎを、自分が経験した環境に配慮した家作りを、専門の宇宙についての話を、と多岐に渡る話題を提供してくれる。面白いのは間違いない。
でも、ちょっと違和感を感じる。それは、絶対の安全を要求しているように見られるところがある点である。絶対の安全などというものは存在しない。ではどこまで安全を追求するか。可能な限り、というのが最も多い答えかもしれないけど、それは間違いである。BSE対策としてアメリカの牛肉を輸入しないのはどこまで安全性を増せるのか。実のところ、毎日のようにアメリカ産の牛肉を食べたとしても個人にとっては限りなくゼロに近いリスクしか生じない。現実問題としてのリスク回避には危険部位の除去だけで十分である(ただし、危険部位が安全な方法で除去されていることは確認する必要がある)。
また、あるところでは環境ホルモンを取り上げているが、今では所謂環境ホルモン騒ぎはすっかり廃れている。その最大の理由は、環境ホルモンに騒がれたような作用がほとんど全くない/作用があまりに微小なもので無視しても差し支えないということが明らかになったことだ。ところが、本書では危険の可能性があるのなら避けたほうが良い、というように纏められている。しかしながら、微少の化学物質が100%完全に人体にも環境にも負の影響を与えないという証明はとてもできない。膨大な費用と時間と労力がかかってしまう。
このような問題には、リスク評価を導入して総合的に考える必要があると思う。喩えの話になるが、日常で食卓に並ぶような食材でも含まれている物質を精製してみたら何らかの悪影響を及ぼしうるものが発見されるだろう。ではそれゆえにその食材は使うべきではないのか。そうはならないと思う。リスク評価については以前も紹介した環境リスク学の方が遥かに優れている。また、100円傘とベストエフォートと題した記事は投資に対する効果として極めて示唆に富んだものなので一読をお勧めしたい。
全体としてとても面白かっただけにこのような点はとても残念ではあるが、エッセイに完全を求めても仕方がない。読みものとしての面白さから残念な分を引いたのでちょっと評価は辛めだけど、読んで損はないと思う。
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石沢 靖治著
文芸春秋 (2001.2)
\693
評価:☆☆
最も面白みのない選挙戦が終わった。色々なところで指摘されていた通り、今回のはまっとうな選挙なんてものじゃない。小泉劇団の演劇を面白かったと思ったかどうかの投票に過ぎないのだ。刺客騒動だのマドンナ旋風だの、それが具体的な政策とどう結びつくのか全く不明の、空虚な話だけがひたすら声を大にして行われた。
私はテレビをほとんど全く見ないので伝聞に過ぎないが、ワイドショーまで小泉劇一色に染まってまるで自民党の広報番組になっていたという。真偽の程はしらないけど、電車の中吊り広告を見る限り週刊誌はそうだったと思う。空虚だけど、話題だけはたっぷりある。ああ、虚しい。
では、この現象は日本だけなのか。アメリカのメディアはどうなっているのか、過去の大統領選をもとにメディアと選挙の関係を解説している本書を読んでみた。言えるのは、日本もアメリカも実はそう大差のないことが起こっているのではないか、ということ。アメリカのメディアは日本よりもはるかに”資本主義的”になってきているため、やはり”絵になる”シーンがなければ話にならない。そのため候補者の話もつまみ食いされ、政策や理念を十分に理解できるようなものではないようだ。
勿論、アメリカにだけあって日本にないものもある。それは制度的なものであったり思想的なものであったりするのだろうけど、例えば選挙コンサルタントが政権中枢に入り込む場合があることなどは我々からみたらにわかには信じられない。しかし、それは大勢に影響のないことで、やっぱり選挙ニュースは娯楽として消費されているのは変わらない、という指摘は重要である。選挙がスポーツ観戦となる、あるいは候補者が商品となっていくのは日本も同じである。
アメリカでも日本でも政権党と最大野党の主張の差が極小化し、生命への差し迫った危機がなく、少なくとも現時点においては繁栄を貪っていられる場合にはどこも同じようになるのかもしれない。
本書はまた、選挙報道を通じてアメリカのメディア史を追いかけている。この点もなかなか面白いので、ジャーナリズムの歴史に興味がある方にも一読を勧めたい。
ただし、選挙の過程の報道で理念や政策が十分に伝えられないのは、本書の指摘するような”ジャーナリズム内部”の事情だけではなくて”ニュースを消費する”側の事情もあるはずである。しかしながらその点に触れられていないのが残念。
今回の選挙の報道が余りに酷かった理由は、その程度の報道で満足して投票できてしまう情けない国民の姿をさらけ出していると思う。自分が支持しない政党が圧勝したからそう言うのではなくて、自民党に投票した人も他の党に投票した人も、未だに郵政民営化のメリットとデメリットを理解していないだろう。それは我々自身の問題でもある。選挙報道だって、所詮国民の身の丈にあったものに過ぎないのだから。そういう問題に触れてくれなかったのが、評価が低い理由なので、読み物としてはもっと高く評価しても良いと思う。
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カーティス・ピーブルズ著 / 皆神 竜太郎訳
文芸春秋 (2002.7)
\1,000
評価:☆☆☆
UFOは字義通りに解釈したら確定されていない飛行物体であるから、そんなものは存在するに決まっている。では、宇宙人の乗り物としてのUFO、となるとどうだろうか。
宇宙人がUFOに乗って地球にやってきている、と信じる人々がいる。本当だったら素晴らしいことだろう。もし本当に来ているなら、その進んだ科学によって例えばフェルマーの最終定理が正しいのか教えてもらったりできただろう(ワイルズの栄光は失われてしまうことになるけど)。現実のところはどうなのだろうか。
オカルトに興味がある人には、ロズウェル事件だとかケネス・アーノルドだとかアダムスキーだとかエイリアン・アブダクション(誘拐)だとかキャトルミューティレーションなんて単語を聞きなれているだろう。しかし、それら事件がどう収束して行ったのか、知る人は少ないのではないかと思う。
本書の凄いところは、UFO目撃情報から当局の動きまで、膨大な量のオリジナル資料を駆使してUFO神話の栄華盛衰を追いかけているところにある。UFO神話は如何にして始まったのか、そして進化したのか、そして現在に至っているのか。なぜ神話は成立したのか。なぜ空軍やCIAはUFO神話に絡んで行ったのか。全てオリジナル資料に基づいて丁寧に解き明かす。有名なUFO目撃事件についても事件の経緯からその真相まで全て記している。巻末に宇宙人解剖フィルムの種明かしがあるのもファンにはたまらないのではなかろうか。UFO好き(^^;)は読んでおくべき。
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V.S.ラマチャンドラン著 / 山下 篤子訳
角川書店 (2005.7)
\1,575
評価:☆☆☆☆☆
脳研究の最先端を懇切丁寧に説き、知的興奮を覚えながらもべらぼうに面白い『脳のなかの幽霊』のV.S.ラマチャンドランが帰ってきた。その出来は2作目を待ち望んだ多くの人の要求に応えるだけのもので面目躍如である。
数ある脳の本でも、なぜラマチャンドランの本が面白いのだろうか。それは、複雑そうに見える脳の機能を簡単な試験で読者に実感させていることや、自説の成否を簡単に判別できるようなテスト方法を提案することにあると思う。読者は自分でできる試験をやってみて、不思議な現象を知ることができる。
もう一つは、取り上げる現象があまりにも興味深い事例であることに起因すると思う。左半分を無視する半側無視や自分の母親を偽者と断じたり、自分は死んでいると主張する患者達。なぜそのようなことが起こるのか。症状の本質的な原因は知らなくとも、顕れる現象だけでも十分知的好奇心を刺激させられる。さらに、芸術と脳、あるいは言語学と脳、など、多くの先人がなかなか踏みこまなかった領域にまで入り込んでいるところも面白い。
そして最後に指摘したいのは、その文章の余りと言えば余りの平易さである。脳科学と言えばなにやら難しそうな印象を受けるだろうが、ラマチャンドランの本はそうではない。極めて分かり易い文章で一見難しそうなことを解き明かしてくれることこそ、著作を面白くしている最大の要因であると思う。一般人に分かり易く最先端の科学を説明するのは並大抵の能力ではできないことで、私としてはここに非凡なる脳科学最先端を知る語り手が現れたことを心から嬉しく思う。
さて、本書の内容についてもちょっと触れておこうと思う。本書はラマチャンドランがイギリス各地をまわりながらの連続講演をもとに組み立てられている。ラマチャンドランは”この連続講演をするにあたって私が目指したのは、神経科学(脳の研究)というものを、一般の方々に(トマス・ハクスリーふうに言うなら「労働者」に)もっと身近に感じてもらえるようにしたいということでした”と述べている。それはおおむねこれまで述べてきたように達成されているように思う。取り上げている内容は、幻肢や自閉症の一部の患者が示す特異的な才能を特徴とするサヴァン症候群、数字を見たら色が見えるというような複数の感覚を同時に体験する共感覚、体を動かす1秒近く前に脳で発生する準備電位など、どれを取っても面白そうなもの。
恐らく、多くの人は手に取ったら一気に読んでしまうのではなかろうか。唯一の欠点は、すぐに読み終わってしまうところである。
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