スティーブン・レビー著 / 斉藤 隆央訳
紀伊国屋書店 (2002.2)
\2,625
評価:☆☆☆
自国の国益のため、ということを理由に通信を傍受している国が存在する。その手の世界に興味がある人には広く知られている通り、アメリカではNSAという組織が大掛かりな通信傍受を進めており、その実態は『すべては傍受されている』などに詳しい。
国益のため、というとなにやら逆らいがたい雰囲気を感じさせる。しかし、問題の本質は個人のプライバシーがどこまで保護されるべきなのか、国家に対して個人はどこまで独立できるのか、という観点から考えると、国家が無条件に国民の情報を覗き見ることができる体制と言うのは問題があることが分かる。これはどちらの立場に立つかによって問題となる部分が異なるため、スタンスによって大きな違いが生じるはずだ。
本書はプライバシーは守られなければならないと考え、そしてプライバシーを守るための方法を考え出した数学者達と、数学者達の発明が実用化されることを食い止めようとするNSAとの争いを描く。現在の暗号の標準であるRSA暗号が生まれ、商業ベースに乗せまいとする諜報機関を中心とする国とどう争ってきたのか、そしてどうやって現在の姿になったのか。暗号を生み出した人々の素顔は?その情熱の根源は?
暗号に興味を持っている人にとっては暗号製作者の素顔が見られて面白いかもしれない。しかしながら、暗号の原理についての踏み込みは一歩も二歩も足らず、総合的な面白さでは圧倒的にサイモン・シンの『暗号解読』が上回る。正直、暗号解読を読んでいれば読まなくても良いかな、と思わされる。規制しようとする国と個人の争いという側面を見たい人にはお勧め。
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