NHK「文明の道」プロジェクト〔ほか〕著
日本放送出版協会 (2004.1)
\1,995
評価:☆☆☆☆
現在イスラムと聞いたらなにを連想するだろうか。多くの人は原理主義といった極端な主張を唱える一部の偏狭な人々を想起するだろし、また同時に石油の産出国といった経済的な側面を思い浮かべる人もいるだろう。世界最多のイスラム教徒を擁するインドネシアを思い浮かべる方もいるかもしれない。しかし、文明の擁護者としてのイスラムを想起する人は少ないのではなかろうか。
中世においては、現在多くの日本人が抱くイメージとは違って、イスラムこそ多くの文明に対して開かれた態度をとっており、キリスト教の方がむしろ急進的で宗教的に偏狭な態度を取り続けていた。イスラムが多くの宗教や文明に対して寛容な態度を示していたのは中東という地域が、そこ自体がメソポタミア文明以来の文化の地であったことに加えてエジプトやインド、ヨーロッパ、中国などの文明と隣り合わせの場所に存在したことが非常に大きい。多くの文明に触れなければ、寛容な姿勢は生まれないのだから。
本書は、そんなイスラムの社会がどのように成立したのかを通史的に説く。この手の本にありがちな、様々な事象をできるだけ説明しようとして結局中途半端になってしまうという幣に陥らなかったのは実に見事で、いくつかのテーマは深く掘り下げ、それと同時に個別ではあっても多くのテーマについて述べているのは読んでいて実に面白い。例えば円形都市バグダットの都市構造や、千一夜物語にはインド人や中国人と思われる雑多な人々の活躍が描かれている、あるいはイスラムがインド由来のゼロなどを含めた数学の発展に寄与して来たことなどはあっさりと流している。そんななかで、多くの紙幅を裂いているテーマがある。それこそ、本書が生まれるきっかけとなった”文明の道”としてのイスラムの姿を垣間見る一つの窓である、十字軍について、である。
十字軍は周知の通り聖地エルサレムをイスラム教徒の手からキリスト教徒の手に取り戻すために行われた戦争である。ざっくり纏めてしまうと、キリスト教徒側は一時エルサレムを占拠するがその他の地域の占領までは手が回らず、時にイスラム勢力がエルサレムを奪回するといったシーソーゲームが続く。この時代については獅子心王リチャード1世やサッラーフ・アッディーン(サラディン)の活躍によって比較的知られていると思われる。
ところがこの十字軍の時代、干戈を交えることなく交渉によってイスラムからエルサレムの統治権を譲り受けた人物がいる。その人物こそ、フリードリッヒ2世。なぜフリードリッヒ2世にはそのようなことができたのか、ということには彼の生い立ちやイスラム側の事情といった偶然の要素が少なからず見られるが、それでもこの事実を追いかけていくとイスラムがどれほど豊かな文明を育んでいたのかがよく分かるのである。文明の交差する中東に、どのような文化が花開き、どのような歴史を送ったのか。中東でごたごたが起こっている現在、そのような過去を知っておくのは現在を知ることにもつながるのではなかろうか。歴史に興味があるなら強くお勧めしたい。
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