評価:☆☆☆☆
アメリカ最大の諜報機関でありながらCIAやFBIよりもずっと名前を耳にすることの少ない、米国国家安全保障局(National Security Agency;NSA)の歴史に踏み込んだ大作。一時期話題になったエシュロンシステムを持つ、情報集積の巨人に立ち向かう術はわずかに情報公開法のみ。しかし、著者は果敢にNSAの秘密を探っていく。
アメリカの通信傍受は二次大戦中に枢軸国を相手にしたブラック・チェンバーまでさかのぼることが可能である。この組織は見事に日本の暗号を解き明かすことに成功したものの、スチムソン国務長官の「紳士はみだりに他人の通信を覗くものではない」の一言で解散に追い込まれ、ブラック・チェンバーを率いたヤーズレーがその内幕を暴露したことで一躍有名となった。その後、様々な経緯を経て復活した諜報機関こそNSAである。
本書では、その誕生から現在に至るまでの歴史を追っている。情報を集めるために彼らがどのような労力を払い、そしてその結果どのような情報を得てきたのか。キューバ危機で、ベトナム戦争で、中東戦争で、冷戦で、彼らの得た情報はどう活かされ、どう活かされなかったのか。その部分を読むだけでも迫力が伝わってきて読みでがある。
例えば、狂った将軍達がキューバを攻撃するために自国に対して仕掛けようとしたテロ計画である「ノースウッズ作戦」について引用してみよう。
(略)ノースウッズ作戦といい、統合参謀本部議長と三軍首脳の承認文書があるが、街頭で無
辜の米市民を射殺し、キューバから逃げる難民を乗せた船を沖合いで撃沈し、首都ワシントン、
マイアミなど各地で凶暴なテロの波を起こすというものだった。身に覚えのない爆弾事件で犯人
が仕立て上げられ、飛行機ハイジャックも行われるはずだった。ニセの証拠を使いこれらを全部
カストロのせいにして、レムニッツァーら陰謀グループに戦争開始に必要な口実と内外の支援を
与える筋書きであった。
同書p94より
このようなアメリカ首脳の企てた陰謀、中東戦争におけるイスラエルの唾棄すべき戦争犯罪(そしてそれには現在首相であるシャロンも関与している)、ベトナム戦争における情報戦の敗北など、詳細に論じられる様々な事件については思わず手に汗を握らされる。詳細な調査に基づく緻密な文章で、しかもこれだけの量を書くには凄まじい労力が必要だということは読めばすぐに分かる。
諜報や通信傍受の世界で過去なにが起こり、いま何が行われているのかを知るには絶好の書であろう。やや冗長に思われる点も多いが、それをさっぴいて読み物として考えても十分に面白い本である。
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NHK取材班編
角川書店 (1995.5)
評価:☆☆☆
日本は何故太平洋戦争に負けたのか。その最大の理由が国力が圧倒的に異なっていたことであることは疑う余地が無かろう。しかし、それに留めてしまっては、この悲惨な大失敗から学ぶことが余りに少ないと言わざるを得ない。国力以外に何が不足していたのか。それを端的に指摘しているのが本書である。
日本軍は徹底して学ぶことの出来ない軍隊であったようだ。ノモンハン事件、という満州地域の国境紛争があった。これは”事件”などというちっぽけなものではなく、毎日新聞サイト内のシリーズ20世紀の記憶紹介内の、ノモンハン事件の項から引用すると、下記の如くである。
日本軍の損害は大きく、全兵力約5万6000人のうち8440人戦死、死傷率は30%を超えた。特に第23師団1万5000人の死傷者は実に1万2000人弱、死傷率は75%を上回り、壊滅した。
5万人を越える将兵がノモンハン方面(ハルハ河流域)に集合し、壊滅したという戦争である。決して、ちっぽけな事件ではない。この戦争でソヴィエトは最高の能力を持つと判断されていたジューコフ将軍を投入(彼はノモンハン以後は西に派遣され、ナチスドイツの軍隊と対峙する)。ジューコフは圧倒的な火力を集中運用させることで引用文にもある通り関東軍を壊滅させた。
もしこのとき、日本軍が学ぶことが出来ていたら、近代的な機械化部隊に対して精神力のみを頼りとする肉弾戦がどれだけ不毛なものなのか、悟ったはずである。そして、少なくともその後の歴史は大きく変わったはずである。しかし、そうはならなかった。日本は終戦に至るまで武器軽視、精神力重視の無謀な突撃を続け、無惨に負けていった。そして多くの将兵がその屍を外地にに晒すことになってしまった。
ガダルカナルは、初めてアメリカ軍と日本軍が陸上で戦った戦闘であり、そして辻、服部といったノモンハンで手痛い敗北を喫した参謀達が再び登場するという意味でも非常に意義深い戦闘であった。アメリカにとって日本陸軍は未知の軍隊であり、恐れと蔑視とがないまぜになっていたようだ。ところがアメリカは様々な経路から日本軍に関する情報を収集し、”日本通”になっていった。その一方で、ノモンハンの失敗に学んでいなければ行けないはずの日本軍は相変わらずの肉弾戦を繰り返し、そしてガダルカナルでも何度も同じ失敗を繰り返す。その経緯を克明に追いかけている本書は、それゆえに読んでいて憂鬱になる。ガ島(ガダルカナル島)は餓島である、という当て字をするようになるのに、何が起こったか、何がなされなかったのか、それを知っておくことは過去を知ることだけではなく、同じ過ちを犯さないためにはどうあるべきなのかを知る役に立つ、かも知れない。
こんなにダメだったのかと思うと学ぶ役には立たないかも知れないが。
2006.6.4追記
ノモンハン事件は従来量的にも日本の負けとされていたが、両軍の損傷だけを比較するとソ連軍の方が日本軍よりも被害は大きかったそうである。ただし、ノモンハン後の国境策定ではソ連側の言い分が通っているため、紛争そのものとしては日本の敗北とすべきだろう。
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平田 森三著
早川書房 (2003.12)
評価:☆☆☆
寺田寅彦に師事し、統計現象を対象とする研究で著名であった平田森三の未発表原稿集。キリンのまだら模様が他の自然現象でも見られる様々なわれめとそっくりであることから共通の原理が働いているのではないかと示唆するタイトル名でもあるエッセイ、垣根にできる(というか作られる)ショートカットのできかた、藤の種がどのような原理で遥か遠くまで飛んでいくのか、捕鯨用の銛の最適な構造、綿菓子の作り方など、実に様々な話題を取り扱っているのが面白い。捕鯨の話などは時代を感じさせられるが。捕鯨禁止のでたらめさについては色々言いたいこともあるが、ここでは触れない。
捕鯨の銛は、形状によって水面で反跳し、鯨の巨体をも飛び越えてしまうという問題で、その解決として銛の先頭形状を変更することによる影響を調べている。この反跳について思い出したのが、太平洋戦争における海戦の際、日本軍は熟練したパイロットによる精密爆撃を目指したが、新兵を上手く活用することを目指したアメリカ軍はミサイルを反跳させる方法を採用した、ということだ。その結果、日本では熟練パイロットの数が減るに従いたちどころに戦力を失っていったのに対して、アメリカは新兵でも高い命中率を誇ることでもとから大きかった物量差に加えて能力差もつけていったというものである。
話がそれたが、これらのわれめや捕鯨以外にも、寺田に師事することになった時の親とのやりとり、被爆体験など、著者が実際に体験したことについても記されているのが興味深い。特に、家督を継ぐように言われていた著者が寺田の下で研究者としての道を歩むようになったいきさつは非常に微笑ましい。
捕鯨や被爆、といった言葉から想像できるように、話題は古いものが多いが、今でも通用する話が幾つも載っているように思う。一つ一つの論文も短いので、身近な物理現象に興味のある人は読んでみたら良いだろう。数式は出てこないので数学嫌いの人も安心である。
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