ビルギット・アダム著 / 瀬野 文教訳
草思社 (2003.1)
評価:☆☆☆☆☆
世の中に存在する生物のほとんど全ては極めて微小で人類から見たら取るに足らないサイズであるところの細菌やウイルス(が生物であるかどうかは未だに決着のついていない問題ではあるがここでは措いておく)や原虫や寄生虫(以後一々書くのが面倒くさいので病原体と一括して表記する)であり、彼らにとって生体内は―――免疫系からの攻撃をかいくぐる手段を見つけ出した場合には―――実に快適な場所となる。そして、彼らは次なる宿主を見つけるチャンスを虎視眈々と狙っているのである。
この手の病原体は接触が無ければ感染しないわけであるが、翻ってみれば接触すれば感染する可能性がある、ということになる。感染力は様々であり、インフルエンザや天然痘の原因となるウイルスは極めて感染力が強い、ハンセン病の原因であるらい菌は極めて感染力が弱い、などピンきりである。エイズに至っては、同じ空間で生活する分には感染する恐れの無いほど微弱である。
房事、生殖行為、エッチ、セックス、まぐわい(と書くととたんに猥雑な気がするのは何故?)、にゃんにゃん(ふるっ)、と、まあ言い方は何でも良いのであるが、とにかくその行為は濃密な接触を前提とするわけであり、そしてその行為を感染の手段とする病気もあるわけなのである。
すなわち、性病である。
人間が生物である以上その究極目的は繁殖にあるわけで、ぶっちゃけた話繁殖にいたる行為は気持ち良い。それは空腹時になにか食べるときに味わう幸福感と同じく、快楽回路が働くためであるが、何はともあれその快感が巨大で圧倒的であるが故に生物はこれまで生き残ってきたわけである。そして、気持ちが良いということは、多くの人がしたがる訳であるゆえ、人類でもっとも古い職業は売春だったという説も出てくる余地があるのである。(職業云々にはまた類人猿で観察されるいくつかの現象が・・・とか色々あるので調べてみたら面白いと思います)
というわけで、快楽に弱い人類を狙う病気に我々の先祖は悩まされて来た訳である。しかし、その苦しんだ実態というのはなかなか表に出てこない。猥談か、後は良くある保守的イデオロギー普及のための説教じみた苦言の中に、「ほーら、セックスは怖いんだよー。純潔が一番だよー」という形で出てくるくらいのものである。
・・・その程度の苦言で人類がこの行為をやめるなら、この本は書かれることが無かったのであろうが幸いにして、というか不幸にして、というかは悩ましいところではあるが快楽の前には説教など無視してきたのである。
というわけで、ようやく本書の紹介に入るわけである(前置き長っ)。この本の面白いところは、お説教にも病状のリアルな描写にも偏らず、それどころか下世話な興味まで含めて冷静に性病を扱っているところにある。性病にかかった有名人の話(ゲーテの精神異常が梅毒に由来する、とかベートーベンの耳が聞こえなくなったのは先天性梅毒が原因では無いか、等)、性病を蔓延させる原因となった古代の生活などはかなり下世話な話ではある(が、それゆえに面白い)。
本書の後半からは、近代に入ってからの性病についてまとめている。産業革命以後の被支配者層の置かれていた社会状況は性病の蔓延を招いたが、現在はそれとは違う社会状況がそれでも同じように性病の蔓延を招いている。性病を根絶するのは難しいであろうが、人類にとって性病とはなんなのか、一度冷静に考えるためにはとても重要なのではなかろうか。
・・・それにしても、帯の「苦悩に満ちた下半身の歴史!」とするのはちと狙い過ぎかも
そして選りにも選ってこの本を最初に紹介するので良いのか?>自分
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