![]() | ビッグバン宇宙論 (上) (2006/06/22) サイモン・シン 商品詳細を見る |
![]() | ビッグバン宇宙論 (下) (2006/06/22) サイモン・シン 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
サイモン・シンには『暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで』ですっかり魅了された。一般人に馴染みの無い世界、それも数学を扱った本でありながら、抜群に面白いのである。興味深い歴史上のエピソードや人物の来歴を交えることで本に引き込む力を持つ人だと思ったものだ。続けて読んだ『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』も圧巻。フェルマーの悪戯としか思えない定理が解かれるまでを、これまた魅力的なストーリーに仕立て上げた彼の才能には恐れ入った。
でも、この本を手に取るのには躊躇があった。宇宙論ならそれなりに本を読んできたので、今更な感じがあったのだ。
暗号にしてもフェルマーの最終定理にしても、数学を使っていて、しかも多くの人が興味の無かったであろう分野を取り上げたから抜群に面白かったのであって、少なからぬ人が関心を持つ宇宙論に取り組んでも二番煎じになってしまうのではないか。そう危惧していたのだ。
だが、私の危惧は、完全な杞憂に終わった。面白い。とにかくひたすら面白いのである。
ビッグバン宇宙論に辿り着くまでに、人類が宇宙についてどう理解してきたかが懇切丁寧に描かれている。それは、ビッグバン宇宙論がどのような意味を持っているかを説明する上で欠かせないためである。おかげで神話がどのように科学へと進んできたか、よく分かるようになっている。この、ビッグバン以前の宇宙論については上巻が丸々当てられているほどの力の入れよう、と言えば凄さが伝わるだろうか。
下巻はいよいよビッグバン宇宙論を取り巻く論争へと移っていく。ここはやはり圧巻だ。アインシュタインの相対性理論、銀河までの距離と銀河が離れていく速度の関係を見出したハッブル、型破りでジョークを愛したジョージ・ガモフ、強硬なビッグバン理論の反対論者でビッグバンの名付け親であるフレッド・ホイル。科学界の巨星達が縦横に活躍する様を追体験する様は、見ているだけで心が躍る。
話題がビッグバンから離れたかと思うと、意外なルートを辿ってビッグバンへの理解を深めるのに役立つ話へ帰結する。登場する科学者たちの発見を、その魅力的な人物像やエピソードと共に語るので読者の興味を逸らさない。専門的な話をしながら難しくはならない、絶妙な持っていきかたには今回もまた感嘆させられた。
宇宙論に僅かでも興味がある方は、是非手に取ってみて欲しい。後悔することは絶対にないと思う。
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![]() | タイムマシンをつくろう! (2003/06/18) P.C.W. デイヴィス、林 一 他 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
物理学者が真剣に考えるタイムマシンの作り方の解説である。
時間を越えての旅ということは、時空を扱うわけだから、時空を解き明かすための理論的な最強の武器が必要だ。アインシュタインの相対性理論こそがそれである。奇妙に思われるかもしれないが、相対性理論の解からはタイムマシンを実現不可能とする理由は何も出てこない、という。
ではどうすればタイムマシンを作れるのか。ここで大変な困難にぶつからざるを得ない。というのは、相対性理論が支配的な世界というのは、超高速の世界か想像も付かないほど強い重力の働くところだからだ。
実現困難な世界であるとしても、そこには紛れも無くタイムトラベルの可能性がある、というのはなかなか面白い。
だが、ここで我々はパラドックスに陥る。というのは、誰も未来から来た人を知らないからである。
いや、未来から来たと自称する人はいる。ところが、その人々が語る世界は明らかに特定の小説や映画の影響を受けたことが明らかなものだ。前世を思い出した人々がやるのと同じである。未来から来たと自称するのに未来の科学や技術を何も語れないというのは、前世を思い出した人がしばしば当時は当たり前に知られていたことを全然知らないということと符合する。つまり、どちらも相手にする価値が絶無であるということだ。
なぜ未来人に会えないのか。それについても、合理的な解決が示されている。タイムマシンにも様々な制限が付く、ということだ。
結論を冷静に評価すれば、少年の心を忘れていない人(所謂大きなお友達)が最も望むようなタイムマシンの使い方、即ちタイムマシンに乗って恐竜を見に行くというようなことは決して出来ないというところだろう。
物理学者としての考え方である、タイムマシンの可能性が完全にゼロかどうかについてはまだなんとも言えないというところだろう。アインシュタインの相対性理論の一般的な解によれば時間を遡り得るとの結論が出る。
人間が乗り込んで過去や未来を自在に行き来することは無理だとしても、情報のやり取りだけでもできるとなればまた興味も沸くのではないか。
たとえば、1000年後くらいの人々に宇宙人探査計画がどう進展しているか聞くとか、医学の情報を聞き出すことで現在は難病とされている疾病の治療法を拓くなんてことが出来たら素晴らしいではないか。この場合、未来からの知識を元に特許権を取得できるのか大変興味深くはある。なにせ、最初の発明者というのが時系列で言えば良いのかどうか争われるようになるから。ブラックなところだと、結婚しようと思う相手の評価について30年後くらいの自分に聞いてみる、なんてのも有りかもしれない。もっとも、そんなことが出来たら結婚する人なんていなくなるかも、だけど。
一番下らない類の話だと未来の自分に株価を聞き出せば確実な投資が可能になる。この場合、未来からの情報を元に投資を受けたのが原因となって会社が発展した、となると自己成就する予言のようになるがタイムパラドックスにはならないだろう。
いずれにしても、理論の修正か、タイムマシンの完成か、どちらが結論になるのか、部外者として今後の展開を楽しみたいと思う。
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井上 薫著
幻冬舎 (2007.3)
\756
評価:☆
日本の司法はヘンだ。
たとえば少年犯罪で我が子を殺された遺族が、裁判所に遺影を持ち込もうとして裁判官から罵声を浴びる、そんな国は世界中を探しても日本以外に存在しないだろう(反例をご存知なら教えてください)。ずっと温情判決で知られた裁判官が、自宅に空き巣が入った日から厳罰主義に変わったという話も聞く。
こんな定見もなければ世間の常識も無い異常な世界を中から批判してくれる人がいたかと思ったら、これがちょっと(というか大分)見当違い。
確かに著者の指摘する民主的な裁判にとって良くない環境と言うのはある。検察が起訴した事件の99%が有罪になるという事実の裏にあるおかしさ、和解を求めるために土下座してもいいとする裁判官の異常さには改めて裁判所がどうかしているところだとの思いを強くする。
とりわけ、ほんの少し前まで海外旅行でさえ上司の許可が必要で、そんな全時代的な制度を改めようとしても「自分は海外旅行には興味が無いから制度を改める必要は無いと思う」と言い放てる神経には感服する。
こういった指摘は有難いと思うのだけれども、残念なことに本書を貫いているのは自分を退官に追いやった(と著者が考える)当時の上司への怨み節である。おまけに内容量も少ない。コストパフォーマンスは極めて低いのだ。
最終章で裁判員制度への不服を述べていて、その一部には私も賛成しないでもない。たとえば死刑を含む重い判決を法律の素人がやって良いのかという疑問はもっともだ。しかし、その前に著者は現在の司法でもおかしな判決が頻発されていることに注意を喚起して欲しい。そんなおかしな判決を防ぐために裁判員というのは短絡的過ぎで私も賛同はできないのだけれども、それでも司法のおかしさを認めるのはその前提ではないかと思う。
そんなわけで、大分偏った点もあることを承知で、かつ内容が薄いことを気にしないなら読んでみても良いかも知れないが、それほど価値のある書物とは思えない。
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内井 惣七著
中央公論新社 (2006.1)
\840
評価:☆☆
大仰なタイトルに騙されてしまった。
哲学者から見た物理学の現状ということで、取り上げられているのはライプニッツから現在までの宇宙論と言っていいだろう。
私が騙されたと思うのは、本書の前半がほとんどライプニッツとニュートンの論争(実際にはニュートンを支持するクラークとの間に交わされた)に終始していることと、彼らの扱い方。
ライプニッツにしてもニュートンにしても、時代に先んじるだけの数学的才能を発揮し、それが数学や物理の発展に与えた影響は計り知れない。しかし、同時にまた彼らは彼らが生きた時代からは逃れられなかった。ニュートンは錬金術にのめりこみ、ライプニッツは神による創造を疑わなかった。それは座標平面をもちだしたデカルトにしても同じ。彼らは人間の形をした神が地上のつまらないことに介入するような、ユダヤ―キリスト教的色彩の強い神の存在は疑っていたが、世界を生み出した存在としての神は認めていた。
したがって、彼らの論争の背後にも神の姿が垣間見える。それが時代というものだから仕方が無い。
ところが、著者はライプニッツの言う神を自然法則と容易に置換し、置換した結果としてライプニッツが現在の最先端物理学の地平までをも包含することが可能な理論を唱えていたと主張する。
そこが私にはどうしても納得がいかない。ノストラダムスの予言と一緒で、後出しじゃんけんで、実はこれはこう読み解けるんだ!!な、なんだってーーー!!!それは本当かキ×ヤシ!といっても仕方が無い。
これを読むよりは、時間や空間の謎に迫る本として『エレガントな宇宙』と『なぜビッグバンは起こったか』をお勧めしたい。どちらも難解なところがあるのは否めないが、知的興奮に溢れた良書だと思う。
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佐藤 勝彦監修
PHP研究所 (2000.4)
\540
評価:☆☆☆☆
日常生活の延長として想像できる世界は、眼に見える範囲では実に正しい。たとえば、地球上でリンゴが地面に落ちるのと同じ原理で月は地球の周りを回っている。それどころか、銀河系は勿論のこと、他の銀河の動きですら重力の理論で説明できてしまう。この理論を利用して人類は月に到達し、火星や金星に探査機を送り込み、土星の衛星・タイタンにメタンの雨が降ることまで確認してしまった。
ところが、あたかも万能であるかのごとき重力理論はミクロの世界では破綻する。核の周りを運動する電子について、重力理論は説明できない。ミクロの世界を理解するには量子力学の登場を待たなければならないのだ。
ところが、この量子力学の世界を覗くと途端に頭がこんがらがる。日常で感じる常識が音を立てて崩れるような、そんな世界。それがミクロの世界では繰り広げられている。それどころか、量子力学は今の生活になくてはならないものともなっている。コンピューターに用いる半導体は量子力学に基づいて設計されている。もっと身近な現象としては、石油ヒーターの金属部分が赤い光を出すのも量子力学でなければ説明できない。
そんな日常生活になくてはならなくなった量子力学の世界を、数式を使わず、簡潔に説明してくれているのが本書。納得いかないことも含めて一通りのさわりを紹介してくれているのは見事と言って良いだろう。その上、アインシュタインやシュレーディンガー、ボーアにパウリにガモフにファインマンにディラク、湯川秀樹に朝永振一郎と20世紀を代表するような物理学者たちがどのように量子力学を発展させてきたか一通り説明されているのも嬉しい。
利用できる人は沢山いるが理解できる人は誰も居ないとも言われる量子力学の世界を覗いてみるのに格好の書と言って過言ではない。それほど上手くまとまっていると思う。
ただ、私としては自分自身が数式で理解できないのを歯がゆく思ってしまうのが難点なのだが、問題は私の頭にあるので実に困ったものである。
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