![]() | 2000年間で最大の発明は何か (1999/12) ジョン ブロックマン 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
読む前に自分で考えたのは印刷術。大量印刷が現代文明を形作るのに果たした役割はどれほど重要視しても足りそうにない。しかも、これがなければ私の趣味などどこかに吹き飛んでしまう程のものである。というわけで、歴史上の意味合いに自分の趣味を加味すると印刷術、ということになる。次の候補は蒸気機関に始まる動力機関であろうか。
そう思いながら読み始めた。最大の発明を選んでいるのは、著者の開設した「第三の文化」メーリングリストのメンバーたち。このメンバーに選ばれているのは、巧妙な科学者や技術者たちである。
我々でもその名を知る科学者も名を連ねていて、気鋭の脳科学者、ラマチャンドラン(『脳のなかの幽霊』や『脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ』は最高に面白い)やリチャード・ドーキンスらの名前を見つけることができる。
挙げられている項目には、確かにこれがなくては現代文明は無いよな、というものもあれば、重要かもしれないけれども2000年来で一番かといえば疑問があるものもある。
その一端として、印刷機、電動モーター、カラベル船、インド-アラビア計数法、大学、インターネット、蒸留法、テレビ、麻酔、淘汰による進化の考え、望遠鏡、時計、量子論を挙げておこう。これらの項目について、なぜそれを最大の発明と考えるのか、各人が説明を加えている。
一番意外だったのは、”超自然現象を信じないこと”。これを挙げたのは、ノーベル物理学賞受賞者のマレー・ゲルマン。近いものとして、”非宗教主義”が載っている。後者の理由をちょっと引用する。
われわれは、神の意思や神の罰への恐怖にまつわる迷信から解放され、自由に人生を歩みながらゲームを組み立てていくことができるようになった。
(略)わたしは、高学歴で知力のある成人の多くが、願望実現を期待する子どもじみた信仰心を神にたいしていだいていることに驚きを感じている。
この指摘は重要と思う。先進国においては、神の作った秩序なんてものに思考から人としての在り方に至るまで縛られることはない。こういう、概念も含めた上で一番の発明は何になるのか。それを考えてみるのも面白いと思う。
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![]() | 現代アラブの社会思想―終末論とイスラーム主義 (講談社現代新書) (2002/01) 池内 恵 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
科学や金融、芸術の歴史を調べれれば必ずやアラブの多大な影響に触れられるのだが、アラブが世界の最先端であった時代は遠い昔に去った。今ではイスラムやアラブという単語に寛容さや進歩的な概念を感じる人はほとんどいないに違いない。フセインの暴政、タリバンやビンラディンといった西側の思想とは相容れない人々の存在がそのイメージ低下に拍車をかける。
それは表層に出てくるイメージだけの話ではないのか。我々が接する、マスメディアを通しての少量の情報がアラブへの偏見を植え付けているのではないか。
本書は、そんな疑問への回答となっている。アラブ社会の現状は、自己憐憫と陰謀論の隘路に陥ってしまっていることが明らかにされているのだ。
「イスラームが解決だ」と、耳に心地よいかもしれないが具体的な解決策を示せない知識人たち、蔓延する陰謀論。これらをもたらした直近の起源としては、中東戦争の連敗やパレスティナ問題での社会の分裂、湾岸戦争などが挙げられるだろう。しかし、本書はそこから更に一歩踏み込んだ議論を展開している。即ち、コーランが持つ終末論観念が根源にある、という指摘である。
終末論がオカルトと結びつきやすいことは改めて論じるまでもあるまい。終末論自体がオカルトであるからそれは避けられない。そこに、西欧からのオカルト情報が入り込み、それがイスラエルの陰謀論と混ざり合うと、ゲテモノ以外の何物でもない怪しげな思想ができあがる。悲しむべきことに、これが社会に受け入れられてしまっているのである。
アラブ世界の思想が隘路にはまり込んでしまっていることを丹念に示しているのは見事。特に、象牙の塔に篭っている研究者からは無視されてしまうであろう、終末論への傾倒に少なからぬ紙幅が割かれているのもありがたい。こうした状況を説明してくれることで、現在のアラブ世界の理解を助けることができると思う。
興味を向ける先の社会が、現実を見据えておらず他文化と共存する未来を描いていないことを示すのは研究者にとって辛いことだろう。著者自身は「アラブ世界が不本意な歴史の展開の過程で行き着いた思想的袋小路を描くのは、著者にとって非常な苦痛だった」と述べている。
西洋社会がもたらした世界規模の破壊の跡が、今もこうして活きていることに深く同情せざるを得ない。それがイスラーム的な社会と相容れるとは思えないので、当面の間、今の状況が続くとは思う。それでもいつかこのような隘路を抜けて、現実を見据えて社会の変革を図る人々が生まれくることを願ってやまない。
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![]() | スパイの世界史 (文春文庫 う 18-2) (2007/07) 海野 弘 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
実に浩瀚にスパイのエピソードを集めている。もっとも、世界史とは銘打っているが、取り上げている話題のほとんど全ては第一次大戦以降のものである。国家が積極的に諜報機関を持ち、スパイを活用するようになったのがそれ以降であることを考えれば当然かもしれない。
マタ・ハリやゾルゲのように広く知られたスパイから、キム・フィルビー、エリー・コーエン、ローゼンバーグ夫妻といった、諜報の世界について語られる際には必ず顔を出す面子、果てはアラビアのロレンスのように名前は知られていてもスパイとしては知られていなかった人物まで広く浅くスパイたちの活躍が描かれる。
一次大戦の原因となったオーストリアのフェルディナント皇太子暗殺に潜む陰謀、二次大戦時のヨーロッパを中心にした苛烈な情報戦争、そして冷戦以降のCIAとKGBの争い。どのようなスパイがいて、どのような情報が敵国に伝えられていったか。それが世界史をどのように動かしていったか(あるいは動かさなかったか)が明らかにされている。
現代史とは、政治や経済や軍事といった表の動きを辿るだけではとても全貌をしることができないものだと改めて感じさせられる。隠れた情報戦争が持つ威力の大きさにはきちんとした評価を下しておかなければならないだろう。
しかし、情報の持つ威力の大きさを知ると同時に、情報を扱うことが極めて難しいことにも思いを馳せることになる。正確な情報を得ておきながら、正しい判断を下せなかった事例の何と多いことか。最後は、情報を受け取り、判断する人物の気まぐれや嗜好が、世界を動かしてきたというのもまた確かなのだろう。
参考文献の多さも特筆すべきものだろう。622〜638ページ目が参考文献に当てられている。スパイに興味がある方は、入門として本書を手に取り、参考文献に進んでいくのも良いかもしれない。
ただ、スパイ活動の中でも少なからぬ分量を占めるシギント(SIGnal INTelligence)についてはほとんど触れられていない。そこがやや残念なところか。そちらについては、7冊目で紹介した『すべては傍受されている』が詳しいので興味がある方はどうぞ。
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![]() | 個人的な愛国心 (角川oneテーマ21 A 58) (2007/01) 日垣 隆 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
日垣 隆さんの本を読むと、いつも世の中には不条理がまかり通っていると思わされる。本書でも、政治、司法、行政すべての分野の不条理が明らかにされている。
マスコミが”公共”を盾にどれだけ出鱈目をやっているか。部活とは何か。年賀状は必要か。アメリカにばかり優遇措置をとる実態を知っているか。
相変わらず著者は怒っている。その怒りを、感情的に為らずに表現するのが著者の真骨頂だ。
一番おぞましかったのは、殺人者にばかりやさしい今の日本の姿だ。被害者は治療費は勿論、血痕の存在有無を確かめるルミノール液散布の後始末の費用さえ払われない一方で、加害者は一切の費用負担を免れてのうのうと暮らすこの偽善。あきれ返るばかりだ。
ただ、本書は時事ネタを扱った、他所での連載を基にしていることもあり、あまり目新しさは感じられない。そこが残念でならない。一回分のボリュームも少なかったらしく、深くつっこんでの話はできていないので、著者の真価を確かめたい方は別の本を読んだ方が良いかも知れない。逆に、広く浅く日本の問題点を知ろうと言う方には最適なのではないか。
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![]() | 女の子どうしって、ややこしい! (2003/06/15) レイチェル・シモンズ鈴木 淑美 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
昔、塾でバイトをしていた頃の話。私の元に、幾人かの女の子がやってきた。何事かとおもったら、全員で口を合わせて、そこにはいない女の子の悪口を言いに来たのだった。悪口を言われた子は、そのクラスどころか学年でトップクラスに可愛い子(おまけに勉強もトップクラスにできた)だったので、私としては嫉妬しているのではないかと思った。
これだけ文句を言うならさぞ仲が悪いのだろうと思いきや、当のその子が来て授業が始まると、文句を言っていた子と隣に座って仲良さそうに雑談していた。つい先ほどの悪口が嘘ででもあったかのように。
多分、多くの女性はこれに類することを身近で体験しているのだろう。AとBが一緒の時にはCの悪口を言い、BとCが一緒の時にはAの、CとAが一緒ならBの悪口が交わされる。女の世界は闇だと思ったものである。
結婚した相手は、そういう陰湿な付き合いをしてこなかった人で、トイレに一人で行くのが平気だったという。私が一人でトイレに行けなかったのは、せいぜい小学校低学年の夜中だったというのに。(だって、トイレで用を足しているとき、後ろに何かの雰囲気感じません?おまけにトイレから出たら、立て付けの悪い洋間のドアが少しだけ開いていて、暗闇がその深遠を覗かせているわけですよ)
私からすれば、なんだってまたそんなに悪口の思いつく相手と付き合うのか、疑問が尽きない。でも、これらはたまたま私が見聞しただけの世界だと思っていた。
しかし、そうではないようだ。著者はアメリカ人。女の子同士の間で交わされるいじめを研究している。著者はそれを裏攻撃と定義しているのであるが、その特長は大人が気付かないような精巧さで行われる、無視や冷やかしである。しばしばグループによって行われ、一度仲間に入った者でも反覆が常。ああ、女社会は男社会より複雑だ。
事実、女の子のいじめについて知る人は一様に、男の反目は見抜けても女どうしの諍いは分からないという。
これについて、毛の生えたようなもののブロガーさんが体験されたことを理系の女の子の取扱説明書というエントリからちょっと引用する。
小中学校の女の子は普通、群れをなして行動します。この群れは、その群れのメンバーをただ肯定するだけに存在します。例えばメンバーの誰かが発言した内容に否定するようなことを言ったがために、喧嘩したり無視されたり陰口叩かれたりと言うことは日常茶飯事です。
こうして女性同士の群れから裏切られ、排斥された人の中には今でも同性を信じられないという人もいる。
だが、本書は絶望を描いているのではない。この閉鎖的な女の子どうしの付き合い方を、よりよくするための方策を探っているのである。それが、かつて女の子どうしの付き合いのなかでいじめる側にもいじめられる側にもなったことのある、著者のやりたいことなのだ。本書が女の子たちと日常接する機会の多い人々の目に留まることを願ってやまない。皆に信じられる友人の現れんことを。
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