![]() | ウマ駆ける古代アジア (1994/03) 川又 正智 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
古より人と共にあり、人の歴史を大きく変えた存在。それがウマである。
ウマが占めた高い役割から、ウマに関する記録は事欠かない。ある時には有力者の墳墓に埋められ、ある時には戦争の原因ともなり、ある時には諺となってきた。馬氏の五常、白媚最も良し、とか。
本書では、古代においてウマと人が辿った歴史を大まかに辿っている。具体的に言えば、西暦1年より前の時代である。考古学の成果を頼りに人類のウマ利用の歴史を辿ることで、ユーラシア大陸に跨る人類史を追いかけることになっているのが興味深い。
ウマが飼育され始めたのは紀元前4000年ほどのことらしい。食肉用として飼われはじめたウマは、やがて馬車を引くようになり、更には騎馬へと進化していった。進化の過程で与えた人類社会へのインパクトの大きさは、本書が説くのが正しいとすると信じ難いほどのものだ。具体的には、遊牧という生活様式を生み出したこと。遊牧というスタイルの完成が持った力は、俄かには信じられないくらいだ、ということだけ指摘したい。
歴史好きには面白いエピソードがちりばめられているのも魅力である。中国の戦国時代における趙の武霊王による胡服騎射の導入(ただし、騎馬そのものは以前からあったという指摘には自分の思い込みを正された)や、エジプトのラムセス二世とアッシリアの戦争などを読むにつけ、ウマの与えた影響の大きさを実感した次第。
やや古い本なので手に入りづらいとは思うが、歴史好きなら手にとって損は無いと思う。
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![]() | ナポレオンを創った女たち (集英社新書) (2001/10) 安達 正勝 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
コルシカ島の貧乏貴族の息子として生まれ、フランスの皇帝にまで登り詰めながら最後はエルバ島で毒殺されたナポレオン。
そのナポレオンの生涯を語る上で欠かせない女性が3人いる。一人は母、もう一人はナポレオンが恋焦がれたジョゼフィーヌ、最後の一人は再婚相手のマリー・ルイーズ。本書は3人の女性を通してナポレオンの生涯を眺めることで、その栄光と破滅を描こうとする意欲作である。
ナポレオンが大成するにあって、まずは母の影響が何よりも大きかったことがまず示される。次いで、ナポレオンの栄光の時代にあってジョゼフィーヌの存在がどれほどのものだったのかを解説し、没落の時期に当たるマリー・テレーズとの結婚生活にて本書の幕が降りることになる。
著者が更に踏み込むのは、ナポレオンの定めた女性関係の法律が、実は今も広く影響を与えていること、とりわけ日本でもそうであるということ。男は外で働き、女は家庭にあって家を守れ。そんな家父長的(って古いな)な考えがフランス革命の際に成立し、ナポレオン法典で完成したことは実に興味深い。
女性と社会との関わりという点では、本書は先に挙げた3人以外にも多くの女性を取り上げている。穏健派としてフランス革命に大きな影響を与えながら断頭の露と消えたロラン夫人や、ナポレオンの敵に回った手ごわい女性もいれば、反対にナポレオンに細やかな愛情を注いだ女性もいる。彼女らに焦点を当てることで異色のフランス史になっていて楽しめた。
ただ、新書でフランス革命という複雑な事象を扱った上にナポレオンと女性達の関わりを書くというのは不可能なわけで、この辺りの流れを大まかに知っていなければ楽しみは半減するだろう。そんなわけで136冊目で紹介した『情念戦争』と併せて読むとなお面白いと思う。
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![]() | 東ゴート興亡史―東西ローマのはざまにて(中公文庫BIBLIO) (2003/04/24) 松谷 健二 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
暗記が苦手な私にとって、社会科は鬼門だった。私が日本史ではなく世界史を選択したのは、なんと言うことは無い、日本史だと漢字まで覚えなければいけないという事態を避けるためだ。私が中国史で挫折に絶望にぶつかったのは言うまでもあるまい。
そんな世界史選択者である私が知るゴートの全ては、そんな名前を聞いたことがある、という程度。その国については時代も分からなければ場所も分からない。
マイナーだから仕方がないかもしれない。しかし、だからこそ読んでみようと思ったわけです。なにせ、知らないならあとは知ることばかり。重複なし。面白いではないか。
と、安易に手に取ったのだが、これがまた実に難しい本だった。なにが難しいって、人名を覚えられない。なぜ人名が覚えられないのか。それは、ゴートがどのような国だったのかをざっと見れば分かる。
地中海に覇を誇ったローマ帝国は東西に分かれるわけだが、その西の方を滅ぼしたのがフン族。フン族は、一説に匈奴の末裔とも、匈奴に追われて西方に移ってきた中央アジアの騎馬民族とも言われている。アッティラは結婚式の夜に鼻血が止まらずに死んだとの俗説で知られる。
アッティラの死後、フン族の覇権はたちどころに失われる。民族同士の抗争が始まり、結局フンの衣鉢を継いだのがゴート族だった。更にこのゴート族が東西に別れ、その東側はついにローマを制するに至る。
しかし、ローマが豊穣の地であることは他者の流入を呼び覚まさずには居られない。結局、100年も経たずしてゴートは東ローマに滅ぼされることになる。
ゴートの興亡の歴史は、抗争の歴史であったわけだ。次々と主役が入れ替わり、脇役が思わぬ活躍をする。躍動感には溢れているのだが、おかげで一つのストーリーとして追いかけるのが難しい。それはファンタジーとは異なる現実の難しさで仕方の無いことなのだろう。ただ、わずか200ページで世界を理解させ、登場人物の生を感じさせるのが困難、ということかもしれない。
前後の時代に興味がある、晋の七王の乱だってちっとも頭に入らない私にとっては難しすぎたか。
それでも滅多に口の端に上ることの無い東ゴートの歴史に触れることができるのは嬉しい。異民族の入り乱れた戦乱の時代について触れられる機会には感謝したい。ただ、もうちょっと文章が分かりやすかったら有難かった。
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![]() | ロンドン塔―光と影の九百年 (中公新書) (1993/07) 出口 保夫 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
漱石の『倫敦塔』を導入に、ロンドン塔と、塔で行われた栄光と暗黒の歴史をまとめた本。新書らしく、重要な点や読者が興味を持ちそうなエピソードは漏らさず押さえているので大変読みやすく面白い本に仕上がっている。
征服王ウィリアムが建設した要塞が、王宮として、またあるときは監獄・刑場として使われた。栄光の歴史として現在も語り継がれる宝物類があり、血塗られた歴史を示すものとして収監された人々のダイイング・メッセージであるかの如き刻印がある。
収監された人々の中には王位に就く前のエリザベス一世もいる。彼女は生きて監獄を出て至高の位に就くが、命を落とした者も多かった。トマス・モア、ヘンリー八世の二人の妃(うち一人はエリザベス一世の母であるアン・ブーリン)が最も有名だろう。
しかし、最も胸を打つのはなんといっても幼くして殺害された(と推測される)エドワード四世の二人遺児エドワード五世とヨーク公リチャード、権力を握るための捨て駒とされ若干16歳で命を落としたジェーン・グレイの挿話だろうか。
この二つのエピソードに関しては有名な絵と『倫敦塔』の記述を追い、かなり丁寧に取り上げている。また、彼らへの思いは多くの人が共有しているらしく、以前取り上げた『幽霊(ゴースト)のいる英国史 (集英社新書)』でも紹介されているので興味がある方はどちらかをどうぞ。
ロンドン塔のエピソードを見ていくと、イギリスの近代史を大まかに眺めることができることに気付く。デーン人らの支配についてはロンドン塔が舞台にならなかったためほとんど触れられていないものの、観光旅行に行く前にちょっと情報を仕入れようかという方にはうってつけである。私も行く前に読んでおけばよかった。
個人的に意外だったのは、ナチスの高官でイギリスに飛んで逮捕されたルドルフ・ヘスがロンドン塔に最後に拘留された人物である、ということ。ロンドンの歴史を体現するかのような存在であることをつくづく実感させられた一冊。
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![]() | 古代文明の謎はどこまで解けたか〈1〉失われた世界と驚異の建築物・篇 (Skeptic library (07)) (2002/06) 皆神 龍太郎、ピーター ジェイムズ 他 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
古代史の分野には迂闊に足を踏み入れてはいけない。真面目な考古学や歴史学に混じって、どうしようもなく愚かな妄想が立ち現れては消えていく、百鬼夜行のような様を呈しているためだ。
例えば大航海時代に描かれた地図に南極の正確な地理が記されているという説がある。また、エジプトのスフィンクスが作られたのは1万年以上前だという説もある。それどころか、南米の遺跡にはロケットに乗り込む宇宙飛行士が描かれているなどというものまである始末なのだ。
困ったことに、こういったトンデモの方が真面目な研究よりも世間に訴える力が強いために、正当な学説を霞ませてしまうのである。本当は事実の世界もとても面白いというのに。
そんな妄想を正面切って批判するのは大変なことだ。なにせ、十分に批判できなければあたかもオカルトを信じる側が正しいかのように見えてしまう。もちろん、批判者が間違っていることは直ちに批判を受ける者の正しさを意味しない。
例えば、私が人類はレティクル座から来た宇宙人の末裔だと主張したことに対して、批判者がいや違う、人類はシリウスからやってきたのだと主張したとする。シリウスが生命体の住める環境ではないことが明らかなので批判者が誤っているのは確実だ。だから人類はレティクル座から来た、となると論理としておかしい。それなのにオカルト側は理屈にもなってないこんな言説で自らを護ろうとする。だから厄介なのだ。
本書はオカルト考古学を徹底的に批判する。それだけなら他にもあるだろう。本書を特徴付けているのは、古代史にまつわるオカルト説を批判するのに留まらず、代案を出そうとする姿勢である。
太平洋に沈んだというアトランティスについては、そのような大陸がありえないことを明快に論じ、次いで当時アジアと呼ばれたトルコにあった都市がモデルになったのではないかと指摘する。また、神によって滅ぼされた都市ソドムとゴモラにもモデルがあり、そこには地球規模の災厄があったのではないか、と述べる。更には、ヨシュアがカナンの地を攻め滅ぼす際に起こった数々の不思議な現象は、彗星の接近と予想しているのだ。
一見すると、オカルトを批判するうちに新たなるオカルトの世界に足を踏み入れてしまっているようにも見える。しかし、本書はそれでも学問の世界に留まっていると思う。一番大きな要因は、著者が正しさを盲信していないことだ。自分達の主張に対して客観的な裏づけが無いことは理解している。だから自説の正しさに拘泥しない。説は説として延べ、あっさりと次の話題に移っていく。
古代史への深い関心に加え、冷静な姿勢こそが不思議と付き合う上で必須なのだろう。古代史の謎を全て解いたというよりも、既に明らかになったことを教えてくれた上で更なる謎の世界を見せてくれているように思う。謎がなければ学問なんて成り立たないのだから、古代史にはまだまだ魅力的な謎が込められている、と確信させてくれた。
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