![]() | 確率と統計のパラドックス―生と死のサイコロ (2004/12) スティーヴン セン 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
残念なことに、人間はそんなに客観的な生き物ではない。本当に人間が客観的に判断できるなら宝くじなんて成り立たないだろうし、朝鮮半島への送金機関にすぎないパチンコ屋があれほど暴利を貪ることが可能にもなっていない。誰もが他人に降りかかる損は自分と無縁だとの根拠の無い自信を持ってしまうことが、これらを招いている。
どうすれば世界を客観的に判断することができるのだろうか。その答えは、統計学にある。本書は統計学の発展の歴史を、数学者達の来歴と併せて紹介している。
数式こそ出てこないが、かなり突っ込んだ話もしているので、一部の人は統計学の授業を思い出すかもしれない。しかし、取り上げている例がなかなかに面白いものが多いので読み物としても楽しめるようになっている。なぜ統計と確率がセットで語られるのかも分かるのは利点ではないか。
ただ、パラドックスと銘打っている割にはパラドックスの紹介は少ないのが残念。それでも不思議に思える話題はある。例えばこうだ。
子供が二人いることが分かっている人に、「男の子は居ますか?」と聞き、「はい」という返事を貰ったとする。この場合、もう一人の子供が女の子の確率はどれくらいか。答えは、50%ではない。67%になる。ところが、「上の子は男の子ですか?」と聞いて「はい」と言われた場合には、下の子が女の子の可能性は50%になる。うーん、面白い。
医療の分野でどれほど統計が必要か、という点についてもかなりの紙幅を割いており、健康というものがどのようなものかと考えるのには役に立つと思う。
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![]() | 確率・統計であばくギャンブルのからくり―「絶対儲かる必勝法」のウソ (ブルーバックス) (2001/11) 谷岡 一郎 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
私はギャンブルをやりたい。どうせなら派手な掛け金が動くもの。勿論、私がやるのは胴元である。
なぜあんなにもパチンコ店が駅前に林立しているのか。簡単な話で、彼らの生活を支える(なおかつ朝鮮半島への送金する)だけのカネを利用者から巻き上げているからである。ラスベガスなどのカジノがなぜ成立するのか。それも同じ。宝くじだって競馬だって、経営側が儲かるからやっているのだ。
しかし、余剰の資金をギャンブルというゲームに費やすというのは分からないことではないし、当然のことながら間違ったことではない。ならば考えようではないか。どのゲームをどのようにプレイすることが最も有利なのか。
本書は競馬や宝くじ、パチンコに丁半博打(これは違法なのだけど)といった日本でも可能なギャンブルから海外のカジノで行われるゲームまで広く取り上げ、それがどのような仕組みになっているかを分かりやすく紹介している。中には意外な結論もあり、また中には笑ってしまうような話も紹介されている。
中でも笑ってしまうのは日本の官製賭博のあまりのぼったくりっぷりである。例えば、海外のカジノでは投資額の95%程度は還元されるような設定になっている。なので、100万円分ゲームをすれば、期待値通りの結果では95万円になる。
しかし、日本では違う。なにせ、宝くじの還元率は45%。100万円分買えば自動的に45万円になるという素晴らしいシステムである。運営側に。競馬などで80%。これでも海外のカジノと比べるとトンでもない数値だ。
ところが、日本でも気を吐く博打が二つ紹介されている。一つは丁半博打。なんと、還元率90%。この数値を見ると一般人から搾取するのはヤクザなのか公権力なのか分からん。そしてもう一つはパチンコ。これは実に意外な話なのだけど、計算式を見れば納得のいくもの。というわけで、勝つために宝くじを買うくらいなら丁半博打をやった方がよさそうだ。
元率だけの話ではない。なんと、本書ではどうすれば勝ちやすいかまで紹介してくれている。これはもう、ギャンブルを楽しむ方なら読まないわけには行かないのではないか。95%以上を還元しつつも胴元の勝ちを保障する大数の法則から逃れられないのは当然だが、少しでも勝てる可能性は高いほうが良いのは間違いない。
取り上げるギャンブルの種類も極めて多い上、詰め将棋などへも話が広がるので読んでいて飽きることがない。更に、良いピッチャーと良いバッターではどちらが勝ちに貢献するかを数学的に示す、なども面白い試みだ。確率論がそもそもギャンブルから生まれた学問であるからには、ギャンブルから確率論としての話になってもおかしくはないだろう。
負けてもどうってことない程度の資金があるので数学なんて要らない、という方以外にはお勧めできる。
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![]() | 確率とデタラメの世界―偶然の数学はどのように進化したか デボラー・J. ベネット (2001/03) 白揚社 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆
確率にはいろいろ面白い話がある。はずなんだけど、どうも読んでいて楽しめなかった。著者が悪いのか訳者が悪いのかは不明だけど。
取り上げている話そのものは面白いものも多々ある。乱数だけ収めた本の話(実用書ではあるが読む価値は全くない)なんてしらなかった。真にランダムな数列を作るために秩序だったプログラムが使用されることは意外で面白い。
ところが全体的に見るとあまり印象に残らないのだ。類書で面白い本はいくつもあるのだから、わざわざこの本を読む必要はあるのかとちょっと疑問に思ってしまった。
では面白くするためにはどうすればよかったのかというと、私の勝手な言い分では以下のとおり。
1.取り上げる話題が面白く、しかも多岐に渡っている
2.偶然に見えることを数学的に取り扱えるようになるまでの数学者達の歴史を読みやすく紹介している
本書にはこれが欠けているように思われた。ちょっと残念。
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マーク・ブキャナン著 / 阪本 芳久訳
草思社 (2005.3)
\2,310
評価:☆☆☆☆
世界には60億人を超える人がいるというのに、たった6人を介せば全員が知り合いになるという話を聞いたことがないだろうか。実に不思議なことに感じられる。なにせ、市井の一ダメ人間である私が、世界最大のテロリスト(もちろん、某合衆国の大統領のことを指している)ともアラブの石油王ともオリンピック選手とも知人の知人の知人の知人の知人の知人の知人であるというのだ。
なぜこんな不思議な事が成り立つのか。それを解き明かしたのがネットワークの科学である。
これが人間にしか当てはまらないのだとしたら、それは科学ではなくてただの偶然かもしれない。正直に言うと、私も読み始めた段階ではかなり懐疑的であった。
ところが、このネットワークの科学の観点からは人間関係だけではなく予想すらしなかった多くのことが共通項を持ってくるという。
一例として、川の流路と流量の関係、インターネットのリンク構、感染症の広まり方、富の集中の仕方、何万匹もの蛍が同じ周期で明滅を繰り返すこと、脳が上手く働く理由などなどが挙げられている。この項目だけを見ても驚かれるのではなかろうか。
全てを説明できる理論は、実は何も説明していないこともありうる。たとえば、神が世界を作ったという理論が当てはまる。なにせ、どんなことを持ち出しても「それが神が世界を作った証拠である」と言えばいい。それで説明したとしても他人を納得させられるかは不明だが。
だが、ネットワークの科学は、この類のイカサマとは一線を画しているように感じられる。というのは、6人を介して世界中のほとんど全ての人々が知り合いのネットワークでつながるという事実は、純粋なシミュレートでも再現される。川の流路と流量は計測が可能だし、脳のネットワークもカウントできる。
つながりを持つものが、カウントして見るとこれ程までに一致した構造を持つということは、そこには何か有利な点があると思って良い。
インターネットのリンク構造などは、私も含めサイト持ちはてんで勝手に、自分の思惑だけで決めているはずだ。勿論、私以外のあらゆるサイト持ちが世界を牛耳る闇の政府だか宇宙人だかフリーメーソンだかユダヤの陰謀だかに強制されているという可能性もゼロではないだろうが、どんなに高くても1亥分の1も無いだろうから無視して差し支えない。各人が勝手に振舞いながら、それでも全体としてみれば一つのパターンに落ち着く、というのは実に面白い。
タイトルの『複雑な世界、単純な法則』は、実に上手く内容を表しているといえる。世界の事象は、外から見たら実に複雑に組み合わされているように見えながら、外皮を剥いで見ると単純な法則によって成り立っていることが明示されているからだ。
そういう意味で、まさに本書は科学の本である。大胆に細部を切り落とし、多くのことに共通する本質部分だけを追求している姿は、科学のあり方そのものだ。で、きっとそれだけだったら面白くない本になっていたのだろうけれども、決してそうはなっていない。ひとえに取り上げる例の巧妙さによると思う。なにせ、就職のコネはどんな人から与えられるものか、なんて科学のネタには見えないのだから。
そう。例が面白いのが特長なのである。突然梅毒患者が増えたのはなぜかとか、アメリカで公式的に差別は撤廃されてもやはり黒人と白人が別れて暮らしている真の理由、クジラが減ったら魚は増えるのか、などなどと、読者が飽きないような話題が次から次へとやってくる。
本書の凄みは、これらの話が“ただの面白い話”として取り上げられているわけではなく、全然関係が無いように見える事象が共通点を持っているという枕で述べていることだろう。しかも、枕の方がずっとボリュームがあるというオマケ付き。そんなわけで、ネットワーク科学の醍醐味を教えてくれる良書だと思う。
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ゲルト・ギーゲレンツァー著 / 吉田 利子訳
早川書房 (2003.9)
\1,995
評価:☆☆☆☆☆
数学とか確率なんて言葉を聞いただけで敬遠したくなる方もいるだろう。しかし、実は確率の話は面白い。そう思っていたのだが、どうやら面白いだけでは済まないようだ。というのは、数字に弱いということは思わぬリスクを抱え込むことになるかも知れないとの説得力ある指摘を本書から受けたからである。
たとえば、こんな話について考えてみて欲しい。あなたの住む町では、0.01%の人がHIVに感染している。検査方法に次の二つの条件が付きまとっているとする。
1.この検査はHIVに感染している人を99.99%の可能性で陽性を示す
2.同時に、HIVに感染していない人を99.99%の可能性で不感染を示す
さて、あなたがHIVの検査で陽性と判定されたとしよう。あなたが実際にHIVに感染している可能性はどれくらいか。
答えは50%となる。(反転させたら答えが見えます)
この結果には誰もが驚くのではなかろうか。どうも常識から外れているような気がする。その不思議を確かめるには本書をあたって欲しいと思う。
この一事をもってみても、数字から受ける直感的なイメージというものがどれほど事実から離れているかを知ることができるだろう。勿論のこと、話はHIVだけに留まらない。死すべき運命にある人間の一員である以上、HIVに限らず様々な病気に罹患する恐れが付きまとうため、ありとあらゆるリスクについて同様の話が成り立つのだから。
大腸癌や胃癌や肺癌、心臓病に事故災害と恐れるべきものは沢山ある。でも、それらに対して正当な恐れを持つのは困難極めるのだ。あなたが女性なら乳癌も考慮すべきリスクに入るかもしれない。しかし、実際のところは50歳未満の女性に取っては乳癌の検診を受けるメリットは全く存在しない。あなたが50歳未満の女性で病院経営者であれば他人が検診を受けてくれるメリットはあるだろうが。
数字を言われるとつい鵜呑みにしてしまうのは多くの人が一緒だろう。そんなことを言う私もその一員である。しかし、それがどれほど危険な態度なのかは知っておくべきだろう。
本書を読むことで、医者から言われる数字のその計算方法について当否が判断できるようになればあなたは自分と家族の健康についてより確かな自信を持てるようになるはずだ。なにせ、本書にも多くの例がある通り、医者も確率的な考えが苦手なのだから。
医者が数字に弱い結果として、不利益を蒙るのは患者だけである。死の恐怖に苛まれ、苦しい検査を我慢し、おまけに多額の出費まで強いられる。ところが、実はあなたは病気ではなかったのかも知れないのだ。
そんなことは滅多に無いだろうし、それが自分の身に降りかかる可能性は更に低いというのは一つの意見かもしれない。しかし、そのリスクはあなたが思うより高い。先に挙げたHIV陽性と判定された場合の実際の感染率があなたの予想より遥かに低かったように。
確率を知ることで見えてくる意外な話を上手くまとめていると思うし、話題も我々の人生に身近なものが多いので楽しく読むことができる。そして、自分自身についての判断を他人に委ねることがどれほど危険なことなのかも知ることができる。楽しくてためになる、素晴らしい本である。患者は勿論のこと、医者を初めとする医療従事者にも是非読んでもらいたいと思う。
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