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1220冊目 アジア史論
アジア史論 (中公クラシックス)アジア史論 (中公クラシックス)
(2002/03)
宮崎 市定

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評価:☆☆☆☆


 大学時代、今に劣らず雑食性だったワタクシは、理系学生だったにも関わらず、卒業単位には全く関係のない文系の授業を受けまくっていた。なにせ、開いているコマは文系で埋めていたのだから相当にアレな話だ。そうしてお邪魔していた中に、東洋史の授業があった。そこで、著者を知った。授業を受け持っていた助教授曰く、"東洋史のヘビー級チャンピオン"こそが著者だという。

 本書は著者の1950年代の論考を集めたもの。ええ?60年くらい前だって?そうです。でも、不思議なことに古さを感じさせないのですよ。

 アジア史と言われれば何を想像するだろうか?秦漢帝国?唐?朝鮮-日本関係?

 いやいや、本書の扱う範囲は遥かに広い。時間的にも、空間的にも。

 アジアというからには、西アジア、つまりヨーロッパとの境界から、我らが日本まで、西アジアでヒッタイト帝国が勢力を誇った頃から近代日本がなぜこのような発展を遂げたかまで、本当に広く論じている。しかも、これ以上ないくらいにざっくばらんに、飾りっけなく。

 本書を読めば、人類史において専攻していたのは西アジアであったという事実がはっきり分かる。先進的な西アジアに貴金属が流れていったことが東洋の経済的な負の連鎖を生んでいた。それはヨーロッパも同じ。

 今の世の中に生きていると、欧米というかヨーロッパで起こった産業革命が人類史に計り知れない影響を与えたことを認識せざるを得ない。それは同時に、ヨーロッパが人類史上に置いてヨーロッパが常に先進的な地域ででもあったかのような錯覚を与える。しかし、それは間違いだ。ヨーロッパは、文化的にも政治的にもルネッサンスまでは西アジアの後塵を拝する立場だった。

 本書は、世界史における地理的な中心であったアジア(他の地域は、地政学的な点で中心にはなり得なかった)を扱っている。従って、強勢であった西アジアを論じたかと思えば、辺境の田舎国家に過ぎない中国・日本に触れたりと、縦横無尽に論じているところが心地良い。

 例えば、中国では青銅器文明時代が短く、より進んだ鉄器文明が早くに入ってきたために、青銅器文明につきものの都市文化及び都市型民主主義制が成り立たなかったなんて纏められると、その意外な姿にドッキリする。まぃて、日本には青銅器文明と鉄器文明が同時に訪れたとなると、その影響力は計り知れないものがある。

 こうした意外な事実の提示を、物凄くざっくばらんな言い方で行なってくれるのが凄い。ふと気がつくと、宮崎ワールドに引きこまれている。そして、西アジアこそ世界史の中心であった歴史時代に思いを馳せている自分気付くくことになる。中国が好きな人でも、目から相当量の鱗が落ちることが確実な1冊。

 三国志とか史記が好きな方が陥りがちな、英雄の行跡を後追いするというよりは、歴史の流れにおいて各時代がどのような意味を持っていたのかに注目する、意外な本。中世が何故古代とも原題とも明らかに違う時代なのか、近代はそれをどのように超克したかを感じさせてくれる1冊。
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中国史 | 2013/06/26(水) 23:03 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1113冊目 三国志の世界

中国の歴史04 三国志の世界(後漢 三国時代)中国の歴史04 三国志の世界(後漢 三国時代)
(2005/01/15)
金文京

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評価:☆☆☆☆


 後漢の中盤において若死する皇帝が相次いでしまったため、その末期は皇帝権力が形骸化、外戚と宦官と士大夫が権力を争うこととなる。

 このうち、まず権力を握ったのは外戚。特に梁冀という人物は、自分を跋扈将軍と呼んだ皇帝(質帝)を暗殺する等、天下を我が物とした。梁冀を排除するのに皇帝(桓帝)が頼ったのは、宦官。この時の功績で、今度は宦官が権力を一手に握ることになる。外戚が消えているので、対抗するのは士大夫階級、つまりは知識人である。と言っても、皇帝のベッドを管理する宦官の強さは伊達ではない。自分たちに歯向かう知識人たちを派手に弾圧してしまうのである。この弾圧事件を党錮の禁と呼ぶ。

 支配階級が権力争いにのみ汲々とするところに、寒冷化が襲う。もともと不安を抱えていた社会には、一気に不満が蓄積する。

 これが三国前夜の状態。この一触即発の時期に黄巾賊の叛乱が勃発、王朝崩壊への最後の一押しとなるのだ。あとはご存知、曹操、劉備、孫堅らが縦横に活躍する三国志の時代へと雪崩れ込んでいくことになる。

 本書は正史に基づいて、三国志までの流れと、三国鼎立から蜀、魏、呉の滅亡までを大まかに眺めることに加え、歴史の流れにおいて、三国時代とはどのような時代であったのかを解説してる。

 このうち、多くの読者に興味がある、英雄たちの活躍については、本書はあまり細かく触れては居ない。歴史の中に位置づける目的を果たすために必要なことと、三国志演義との違いは解説されてはいるのではあるが、少なくとも三国志演義を一通り知っていないことには分かりづらいのではなかろうか。

 しかし、演義を読んで正史へ一歩踏み出したい、という方には心強い味方になる。

 三国志は戦争の時代だけではない。後の中国文化に大きな影響を与えた時代でもある。有名なのは詩。それまでは不定形だったものが、五言あるいは七言へと系統だてられていくのは、曹操、曹丕、曹植の三曹。他にも宗教としては仏教が本格的に中国へ入ってくる。また、後々まで大きな影響を与える五斗米道もこの時代だ。劉備が蜀に入るにあたって口実としたのは五斗米道のリーダー張魯を討つためだったことをご存じの方も多かろう。

 国際関係も大きく変わらざるを得なかった。主に魏と呉が窓口となって、他国との遣り取りがあった。そのうち1つが邪馬台国の卑弥呼の話しであり、本書でもかなり詳しく解説されている。

 本書を読めば三国志以降の分裂の時代がどうして出来したかが分かりやすいのは利点。小説やマンガで英雄たちを追いかけるだけではもったいない!奥深い世界への水先案内人として向いていると思う。


関連書籍:

西晉の武帝 司馬炎 (中国歴史人物選)西晉の武帝 司馬炎 (中国歴史人物選)
(1995/05)
福原 啓郎

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三国志―演義から正史、そして史実へ (中公新書)三国志―演義から正史、そして史実へ (中公新書)
(2011/03)
渡邉 義浩

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もう一つの『三國志』  ―「演義が語らない異民族との戦い―もう一つの『三國志』 ―「演義が語らない異民族との戦い―
(2007/08/12)
坂口 和澄

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中国史 | 2012/12/04(火) 22:50 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1043冊目 キーワードで読む「三国志」

キーワードで読む「三国志」キーワードで読む「三国志」
(2011/02/01)
井波 律子

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評価:☆☆☆


 正史にしろ演義にしろ、『三国志』が扱う時代を黄巾の乱(184年)から呉の滅亡(280年)とすると、およそ100年になる。その間、数多の豪傑が戦場を駆け巡り、智謀の士が策を巡らせてはしのぎを削った。当に多士済々、魅力的なエピソードにも事欠かない。

 そんな三国志を幾つかのキーワードから読み解くとどうなるか。蛮勇とも思われる試みに乗り出したのが著者。井波律子さんは三国志の研究を行なっており、『正史三国志』や『三国志演義』を翻訳者としても知られている。その経歴と知識を生かし、正史と演義を自在に行き来しながら英雄たちを語っている。

 例えば、酒といえば張飛が飲み過ぎて親分である劉備の根拠地を呂布に乗っ取られたことや竹林の七賢がひたすら呑んだくれて政治に関わらないようにしたことが思い浮かぶ。或いは、詩。曹操が詩の分野でも改革者だったことや曹丕が曹植に無理難題をふっかけて見事に切り返される七歩の詩のエピソードが有名だろう。

 こういった感じで、幾つものキーワードから魅力的なエピソードを切り取っている。改めてあの時代に思いを馳せるには丁度良い素材であろう。

 但し、本書の持つ性格上、三国志の流れを通して知るには向いていない。演義に限らず、小説かマンガを読んでこの世界に足を踏み入れ始めてしまった人がターゲットなのかなと感じた。私としては常々感じているのだが、良いとこ取りをしたはずなのに通して読むより魅力が下がってしまうように感じられてならない。
中国史 | 2012/05/08(火) 20:33 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1029冊目 王朝滅亡の予言歌―古代中国の童謡

王朝滅亡の予言歌―古代中国の童謡 (あじあブックス)王朝滅亡の予言歌―古代中国の童謡 (あじあブックス)
(2009/12)
串田 久治

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評価:☆☆☆☆


千里の草、何ぞ青々たる(青々と茂る千里の草なのに
十日の卜、生くるを得ず(占いは「もうすぐ枯れる」と告げている)


 この童謡の形を借りた予言をご存じの方は、三国志ファンだ。何故か?これは、複雑に言いたいことを隠しながらも、分かる人には分かる言い方をしている。

 ”千里の草”とは”董”の字を示す。草冠と千と里で”董”になるから。”十日の卜”というのはちょっとややこしいが、”卓”現している。卓を分解して下から読めば、”十日卜”となるのが分かるだろう。ここまで読み解ければ完璧だ。この詩は、董卓の支配は間もなく終わる、という予言になっているのである。

 あたかも予言であったかのように、童謡の通りに董卓は呂布に暗殺される。長安では市民がその死を喜んだと伝えられるが、皮肉なことに長安に平和は戻らなかった。董卓の後継者たちと董卓を暗殺した側の争い、更には董卓の後継者内部の争いと、動乱は続くのだ。流石の童謡も、そこまでは見抜けなかったらしい。

 こうした童謡は他にも知られている。どうして今に到るまで伝えられているのかというと、歴史世に未来を見事に言い当てたものとして記録されているから、である。

 著者は童謡を”隠喩やブラックユーモアを駆使して権力者を揶揄し呪う歌”と捉えている。つまり、知識人が権力者に対して悪意を表明すれば命が危ないので、意味を深く埋め込んだ童謡の形を借りて世に伝えた、というのだ。

 著者の指摘が正しいかどうかは、その性格上、はっきり確かめることは困難である。私としては、大事件の後で必ず出てくる、”実は俺、予言しちゃってたんだぜ”という困ったちゃんは何時でも何処でも湧くのではないかと思うのだが。そう思いつつも、異色な立場からの古代中国史解説を楽しめた。個人的に春秋戦国から三国志の時代が好きだなあ。

中国史 | 2012/04/01(日) 20:42 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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958冊目 三国志―演義から正史、そして史実へ
三国志―演義から正史、そして史実へ (中公新書)三国志―演義から正史、そして史実へ (中公新書)
(2011/03)
渡邉 義浩

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評価:☆☆☆☆


 三国志と言えば、普通は演義を指す。三国志演義は、三国志を元に作られた小説で、事実の取り上げ方の上手さに加え、劉備-諸葛亮を主役に据えることで前半の歴史の流れを説明し後半は悲劇的な物語となる、という、実に上手いストーリーを組み立てている。

 しかし、演義が余りにも広まっているため、では三国時代は実際にはどのような時代で、何が起こっていたのかを語ろうとすると、あちらは演義を語り、こちらは正史を語るといった齟齬が生じる可能性がある。正史から入る人もまず居ないだろうから、正史を語っているつもりで演義のネタが入ってしまうこともあるだろう。

 本書はそんな三国志の演義と正史の違い、そして正史と史実の違いを、まずは説明してくれる。演義と正史は兎も角、正史と史実の違いは?とお思いの方もいるかも知れない。しかし、正史というのが、権力者が正しい歴史書と認めたもの、という認識を持てれば話は変わるだろう。

 このあたりは本書で丁寧に解説されているので興味を感じたら是非読んで欲しいのだが、簡単に言うと、正史は魏を正当としているので、魏の君主を基本的には悪く書かない。例外は、晋を建てる司馬一族との権力争いのところだけ。

 例えば、赤壁の戦いは魏の記録だと遠征はしたが疫病が流行ったので船を焼いて撤退した、くらいにしか書かれない。その後の荊州失陥を見れば、これが史実からかけ離れているのは明らかだろう。

 その上で、本書が力を入れているのは、”名士”が実際にはどのような位置づけだったのか、ということ。名士の力は侮れなくて、劉備の蜀では荊州閥と益州閥が争い、呉では君主も陸家(陸遜の一族)を始めとする名士が時に君主の権力すら及ばないようになっていた。これらの知識を持っていることで、三国志をより楽しめるようになると思う。新書らしく、上手いことマニアックなことと基本的なことが押さえられているように思ったのだが、これについては私が少々マニアック側に偏っているので、評価は是非皆様で下してみて欲しい。
中国史 | 2011/08/08(月) 22:13 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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