![]() | しくじった皇帝たち (ちくま文庫 た 37-6) (2008/01/09) 高島 俊男 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
オンライン書店bk1で拝読したバタシさんの書評を読んで、面白そうだったために購入した本。
タイトルは”皇帝たち”と複数扱いだが、取り上げられているのは隋の煬帝と明の建文帝の二名のみ。このうち、煬帝は稀代の悪君として名を馳せている。中国でアンケートをとったら歴史上の悪君ナンバー1の栄光に輝きそうだ。私にとっては毛沢東の方が遥かに悪人としか思えないのだが。数千万人を殺しまくった男が未だに英雄扱いだもんねえ。
では煬帝が具体的に何をしたのかというと、まず運河を作った。これはインフラ整備に当たる。この運河は隋滅亡後にもフル活用されている。日本のクソ田舎にある、全く使われていないけど議員の票を稼ぐネタにだけはなっている莫迦でかいだけの道路とは大違いである。
次に、宮殿を建てた。これについては擁護が難しい。豪華絢爛、王朝が続けば栄華を体現したと評価が高まったのだろうけど、滅んでしまったら同じことが奢侈になる。
最後に、戦争。高麗討伐に向かうのだが、三度攻めて三度負けた。この戦争の最中に本国で反乱が起こり、あとはずるずると隋は滅亡への道を歩んでいく。
これが稀代の悪君のやったこと。実のところ、稀代の名君、唐の李世民がやったことと大差が無い。唯一の違いと言えばその後に王朝が滅んだか滅んでいないか、くらい。まあ、この点については過去紹介した228冊目で紹介した『つくられた暴君と明君 隋の煬帝と唐の太宗』を見てもらえればよく分かると思う。
悪君にはなんでもかんでも押し付けてしまえということで、父殺しやらなんやらありとあらゆる悪事を行ったことになっている煬帝だが、それは本当なのか。特に父殺しの真贋について、高島翁の筆が冴えまくる。推理小説の謎解き部分を読んでいるように、一気に読めてしまう。中国史好きにはたまらないのではないか。着眼点の確かさ、史料を読み込んでの論と、面白さは保証できる。
もう一人、建文帝については知らない人が多いのではないだろうか。煬帝もそうだったのだが、この人もまた二代目。明の太祖、朱元璋の孫にあたる人物である。
朱元璋は、帝国の藩屏として自分の息子達を各地に王として封じる。ついでに危険人物と為りうる功臣達を悉く粛清しつくしてしまう。そうして自分の長男に位を譲ろうとしたのだけど、本人が長生きしてしまったものだから息子が先に死に、仕方が無いから孫が後を継いだわけだ。
ところが、朱元璋にとっては頼りになる息子も、孫である建文帝にとっては油断のならない叔父になる。そこで建文帝は叔父の権力をどんどん削ってしまおうとするのだが、当然反発が起こる。燕王が挙兵し、追い詰められた建文帝は居城に火をつけて焼死してしまう。所謂靖難の変というやつだ。勝利した燕王は、永楽帝として即位することになる。
話がややこしくなるのはここから。なんと、建文帝の死体は見つからなかった。あとはお定まりの貴種流離譚が始まる。曰く、建文帝は靖難の変で死んではいない。生き残って密かに脱出したのである、と。義経の脱出行みたいなものだと思ってください。
で、この話を結構な数の人々が信じちゃうわけです。日本の文豪、幸田露伴もそう。建文帝の伝説を取り上げたのが、露伴の『運命』。なんと、この本は種本をほとんど翻訳したもので、ところどころに他の史料から付け加えたネタが混ざっているというレベルらしい。
建文帝に事寄せて、批判されているのは幸田露伴なのである。これは意外。でも面白い。どんな伝説が展開されて、誰が騙されたかというのは一つの歴史絵巻になりうる。しかも文壇批判まではいってしまっているのであるから、話題は縦横無尽、留まるところを知らず。こういうところに著者の力は発揮される。博覧強記の人はこれだから面白い。意外な楽しみ方をさせてもらった。
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![]() | 中国古代の科学 (講談社学術文庫) (2004/04) 藪内 清 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
現代科学がその起源を近代のキリスト教社会に辿ることができるというのはその通りだろう。しかし、世界が常に自然科学の法則に従ってきたことを考えれば、古代の世界に科学があってもおかしくは無い。そのうち特に有名なのはギリシア時代の数学だろう。ユークリッドの名は(苦手意識を持つ人を含め)広く知られている。詰まるところ、系統だった科学という営みは近代のものであろうが、科学的な探究心そのものは人類に備わった普遍的なものなのだろう。
本書では文字通り近代以前、具体的には宋以前にに中国で発達した科学について系統立てて解説している。特長として、思想面にまで踏み込んで何故特定の分野の科学が発展し、また別の分野の科学は未発達だったのかを説明していることが挙げられる。
特に人類社会が続く限り永遠の課題であろう、健康に絡む分野は中国でも発展を遂げた。とりわけ鍼灸という、世界で他に類例を見ない治療法は西洋医学とは別の切り口でも人体に大きなプラス効果を与えうることを示している。著者はこの点を指摘した上で、冷静に東洋医学が西洋医学に取って代わることは無いと喝破する。極めて冷静な視点を持っていると感じられて心強い。
もう一つ、中国の科学で避けて通れないのは天文である。古代中国では地球が丸いという概念に、遂に辿り着くことは無かった。そのため、後には日食や月食という天文現象の事前把握に失敗することになる。しかし、その一方で、天は為政者の功罪に応じて怪異を起こすと信じられていたため、天文学上の異常事態の観察には大変に熱心だった。超新星や彗星、日食月食といった記録は現代の科学者たちすら利用するほどだという。
漏刻と呼ばれる水時計や、コンパスの働きをした指南車(ただし、これは磁石を使ったものではなく本体の回転と反対向きに回ることで常に一定方向を指すようにしたカラクリのようだ)、更には地震が起こった際に方角を検知するための機械なども発明されていた。
優れた発見としては他にも、紙や羅針盤、火薬といった世界に近代化をもたらしたものも挙げられる。現代史におけるアヘン戦争の大敗やその後の列強の圧力に屈していった姿から、近代化に失敗した後進国というイメージがあるかもしれない。しかしながら、古代においては西洋やイスラーム社会と比較しても決して引けをとらなかったのだ。
ただ、科学というよりは技術に属する話題の方が多いように感じた。この二つ、分け難い点があるのも事実だろうけれども、科学と銘打ったからにはもうちょっと分けて欲しかった。それと、冒頭で中国文明が一貫して漢民族によって作られたとでも言うようなことが書いてあったがそれは違うと思う。異民族の支配の間にも文化は変容して行ったわけで、歴史上も現代も中国文明というものは単一民族が作り上げたものではないことに注意を払っても良いのではないか?
残念な点もあるが古代中国の科学という、中々触れられない話題に光を当てている功は大きいと思う。古代史における科学、技術は一国の興亡を大きく左右してきたのだから、このような本は過去に迫るための視点を与えてくれるのは嬉しい。
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![]() | 曹操註解 孫子の兵法 (朝日文庫) (2004/08/05) 中島 悟史 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
マニアには広く知られた話だが(そういうのを広く知られたとは言わない)、現代に残る孫子は曹操が注を付けたものである。その最も知られた言葉は恐らく”彼を知り己を知れば百戦して危うからず”。日本軍の大敗に重ね合わせて使われることが多いように思う。
その曹操注の『孫子の兵法』を銀雀山出土資料でクロスチェックした上で全訳し、章ごとに解説と、解釈の根拠を示すことで孫子の兵法の全貌が分かるようになっている。
孫子の兵法を知らない方のためにちょっとだけ説明する。実のところ、孫子は戦争を勧めていない。戦争を指揮する者として呉王に自分を売り込んだ男としては間違った姿勢のようにも感じられるが、逆にそこが孫子の計算であろう。戦争は国を疲弊させる、ぎりぎりまで使うなと随所で指摘するのが特長だ。
ところが、一端戦争が始まったと為ると様相が一転し、勝つためには何を為すべきかが語られることになる。この温度差が不思議に感じられるかもしれない。しかし、春秋時代という不安定な時代に生きた孫子からすれば、平和が好ましいのは言うまでも無い事としても、何時起ころうか分からぬ戦争に備えないというのは愚の骨頂である、と言ったところだろう。
では、戦争行動を前提としていないのかと言えばそうではない。呉にとっては地政学上、倶(とも)に天を戴くことの出来ないライバル、楚を攻めるための手段は詳述されている。どこを攻撃すべきか、逆にどこは攻撃してはいけないか。まず攻めるなといい、攻めるからにはどこを攻めろと指示するのに、孫子の中では矛盾は無いのだろう。
従って戦端が開かれた後の話ともなれば極めて冷静に個々の事象を説明することになる。攻撃するべき(攻撃を避けるべき)地点、戦うべき(あるいは戦ってはいけない)地形、兵を率いる者の心得、そして兵站。春秋時代の戦争の、全てがそこにあると言って良いかもしれない。兵站については、過去に紹介した『補給戦』よろしく、後方から前線へ補給するともなると、糧食はたったの5%程度しか届かない。だから可能な限り現地調達せよ、という。この割合は少なすぎると思う向きもあるかもしれないが、『補給戦』でも全く同じ比率を挙げていたことは指摘しておこう。
勿論、現代戦を想定すれば的外れな指摘も多々ある。主に技術の発達によって、戦場の有様は大きく変わった。だから、孫子の兵法がそのまま役に立つわけではなかろう。しかし、戦わずして目的を達成することの重要さ、情報戦がどれほどの影響を及ぼすか、指揮官の覚悟と兵士の士気を上げる重要さ、そして兵站の問題と、組織運営に必要な全てがあるように思う。
意外だったのは、曹操の注の少なからずが再言及や噛み砕くのに使われていて、本文を読むのを阻害するということだ。曹操ほど戦場にあり続け、戦争の酸いも甘いも知り尽くしたインテリはいない。その知恵が加えられているのかと思ったのだが、そうでもないのが残念だ。まあ、ところどころに自慢としか思えない文章が挿んであるのは曹操の人間らしさを感じさせてくれて楽しいのだけど。
もう一点意外なのは、春秋時代に書かれたはずの孫子に後の法家の思想と軌を一にする主張が見受けられること。勿論、法家の人々がこの頃からの思想を脈々と受け継いできたというのが筋で、その集大成が荀子であり韓非子であるのだろう。思想史上からも興味深い一冊だった。
また、解釈において異論がある部分については、なぜ著者がこの読み方をするのか、解説してあるところはとても有難い。安易に現代ビジネスに結び付けない点といい、素晴らしい立場だと思う。孫子の兵法の初心者から詳しく知りたい人まで、幅広く読める好著だと思う。
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![]() | 韓非子―不信と打算の現実主義 (中公新書) (2003/05) 冨谷 至 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
著者の本を読むのは『古代中国の刑罰―髑髏が語るもの』、109冊目で紹介した『教科書では読めない中国史―中国がよくわかる50の話』に続いて三冊目。いずれも面白かったのだが、本作も期待を裏切らない面白さ。戦国末に現れた異色の思想家・韓非の言説をコンパクトに分かりやすくまとめている。
韓非は、戦国の七雄の一つだった韓の公子である。と言っても、韓非が生まれた頃には戦国の七雄とは名ばかりで、秦の一強と関東(函谷関の東の意)の六弱といった情勢だった。取り分け貧弱だったのが燕と韓だったのだが、韓は一強、秦と隣り合っていた上に、残った国境線で魏、楚に囲まれていたので成長の余地が無かった。ために、より滅亡に瀕していたのは韓だった。
その韓の公子である。祖国を救おうという熱情は人一倍だった。だからこそ、韓非は韓を救うために思索を重ねることになる。名高い思想家、荀子に学び、荀子の合理主義に独自の思索を重ねた結果として著されたのが韓非子であるわけだが、皮肉なことに韓非の思想を現実に移したのは、韓のライバルたる秦だった。
韓非を秦で自殺に追いやったのが李斯である。李斯も荀子の門で学んだ男なのだが、この李斯こそが韓非の唱えた法家思想の完成者であるのは歴史の皮肉か。いずれにしても、韓非の思想は秦を支え、更には漢に受け継がれることで中国の思想を決定付けることになる。
中国の姿を決定付けた思想の持ち主、韓非のその思想とはどのようなものなのか。他人を信じれば他人に制せられる、あるいは、厳罰を用いればほとんどの人民は犯罪を犯さなくなるので名君はすべからく厳罰主義者たるべし、といったあたりの思想には感心する反面で反発も覚えるのではないか。
なぜこのような思想が戦国時代に出来したのか。そのあたりの考察に加え、孟子の性善説、荀子の性悪説と比して韓非子の思想がどのような位置づけなのかを解説することで韓非子の思想の全体像が分かるようになっているのはありがたい。
韓非子は、例え話が多く、読み物としても大変に面白いものなので、本書で韓非子に興味を持たれた方は是非韓非子にも手を出してもらいたいと思う。その一方で、韓非子という書物自体には韓非子以外の書き手の意見も入り込んでいるため、こうして一歩離れた著作の価値は決して衰えることは無いと思う。 異色の思想家の全体像に迫ったなかなかの作品と思った。
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![]() | 三国志 きらめく群像 (ちくま文庫) (2000/11) 高島 俊男 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
いやー、三国志は面白い。
三国志に限らないのだろうけど、戦国時代というのはそれまでと違う人物達が台頭し縦横無尽の活躍をする。
平時というのは、結局のところ権門が一族を政治の中枢に送り込んでいるだけの時代なのである。従って、追いかけるのも退屈極まることになる。しかし、乱世は違う。治世にあっては能臣として一時だけ名を馳せたとしてもそれだけで消え去る人物が、乱世に会っては姦雄として天下を狙うことになりえるのだ。
曹操、劉備、孫権といった、各国を作り上げた人物は勿論、その配下の人物も気が赴くままに取り上げているのが本書。
取り上げられているのは董卓・呂布、夏侯惇、典韋、許褚、荀、華歆、陳宮、華陀、公孫瓉、袁紹、沮授、献帝、董承、伏皇后、劉表、蒯越、黄祖、徐庶、北宮伯玉、傅燮、馬騰、韓遂、張昭、周瑜、魯粛、闞沢、龐統、関羽、張飛、張松、張魯、丁夫人、呉夫人、甄夫人、曹操、孫権、劉備、諸葛亮に加え、それぞれに関与の強い人々である。
なかにはスーパースター級の人物もいるし、マイナーな人物もいる、例えば北宮伯玉、傅燮、丁夫人あたりはちょっと三国志が好きだというレベルの人には知られていないのではないかと思う。
これらの人々について、正史ではどのように取り上げられているかということを、三国志、後漢書、晋書等の記述に基づいて縦横無尽に語っている。
で、魅力なのは縦横無尽に、というところ。つまり、学術的な研究成果を参考にしながらある意味で好き勝手を書いているとも言える。この、好き勝手を言っている部分というのが実に面白い。なにせ、世間一般の制限がない。だから諸葛孔明が天才ではないと言い切るし、劉備がうだつのあがらないダメ人間だったことも明記してる。この辺りはコアなファンには知られていることだろうけど、知らない人には意外だろう。
これが夏侯惇が戦場に出た記録がほとんどない(あると負け戦)だとか、蜀とか呉なんて辺境の小国で中国史全体で見ればあってもなくてもどうでも良いレベルだったとなると、ファンは鼻白むだろう。このあたりを堂々と、というよりも容赦なく書いているので、読むほうとしては爆笑しながら読み進めることになる。
笑えるのに加え、三国時代の人物のうち、数千年の歴史的な立場から鑑みて重要な働きをした人々についてはしっかりそう評価していることはかなり価値が高い。曹操がどれほど重要な人物だったか、改めて思い知ることが出来たのは収穫。もっとも、ここまでのマキャベリストにはなかなか付いていけないというのが現実なのだけど。
三国志初心者が読むのは全くお勧めできないが、誰のものでも演義を一度でも読んだことがある方にはお勧め。コアなファンにもきっと得るところが大きいと思う。といっても、私のレベルが知れたものなのでアレですけど。私としては三国志の楽しさをたっぷり味わえて満足の逸品だった。
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