![]() | ピアスの白い糸―日本の現代伝説 (日本の現代伝説) (1994/11) 池田 香代子高津 美保子 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
ピアスをしようとして耳に穴を開けたら白い糸が出てきて、引っ張ってみたら失明してしまった。
誰もが一度は耳にしたことがある有名な話だが、耳に視神経が通っているわけも無く、これが本当の話ではないことは自明だ。しかし、明らかなウソでありながら伝説として語り継がれていたのは間違いない。そこには当時まだ一般に受け入れられていなかったピアスへアンビバレンツな思いが反映されていたのだろう。つまり、羨ましいという気持ちと、躊躇する気持ちである。
このような都市伝説には、広まる理由があると思う。それは漠然とした不安や恐怖、更には偏見を刺激するからではなかろうか。口裂け女の話が小さい子供たちに怖がられたこともその例だろうし、日本人女性が海外のブティックで服を試着したところ誘拐され、手足を切り落とされた挙句に見世物にされてしまったという話も典型だろう。
あるいはタクシーの消えた乗客の話を思い出しても良い。あの話は由緒正しい歴史を持つもので、自動車が発明される前から海外で語り継がれていたという(馬車に乗る幽霊となる)。だが、自転車の荷台やら人力車でまで出没していたというのは初めて知った。いやはや、人間の想像力は果てが無い。
都市伝説を見ると、荒唐無稽なものもあるが、確かに背筋を冷たいものが走る話題が存在する。それはきっと、人が恐怖を感じるポイントが同じだからだろう。その点で笑いとは大きな違いがある。怖い話は誰がしても怖いのだが、面白い話はしゃべる人間によって左右されるのだ。
社会に何が脅威と思われているか、それが民話からは伺えるのが面白い。ついでに、この手の本は暑い時期にこそ向いているのだろうから、類書はもうちょっと時間が経ったら読むことにしよう。
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![]() | リヴィエラを撃て〈上〉 (新潮文庫) (1997/06) 高村 薫 商品詳細を見る |
![]() | リヴィエラを撃て〈下〉 新潮文庫 (1997/06) 高村 薫 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
これは面白い。もう、こんな書評なんて読まなくて良いからさっさと読んでください、というくらい。私の中では、文句なしに高村薫の最高傑作。
1992年、東京。二人の男女の遺体が発見される。なぜ二人は謀殺されなければならなかったのか。その裏には、《リヴィエラ》を巡る謎が隠されていたのだった。リヴィエラとは一体何者なのか。
大雑把に時系列的な流れを言うのであれば、上巻はジャック・モーガンが死体となって発見されるまでの過去の経緯を明らかにしており、下巻はモーガンの死からリヴィエラの正体が明らかにされるまでを扱っている。
主役格は二人。上巻の主人公はジャック・モーガンであり、モーガンの死後にリヴィエラを追うのは警視庁外事課の手島修三である。魅力的な登場人物として、世界的に著名な天才ピアニスト、ノーマン・シンクレアやCIAのエージェントの《伝書鳩》、イギリスの諜報機関やら警察やらの人物が絡み、複雑だが魅力的な物語が展開されていく。
いかにも高村薫らしく、どの登場人物にも深いキャラクター造形がなされていて、生身の息遣いが聞こえてきそうなほどである。ジャック・モーガンと手島修三は、著者の得意とするキャラクターである。前者は心に空洞を抱えて虚無的に生きており、後者はハーフの故か自然体で溶け込める社会をもたない。この二人の探索を彩るキャラクターがまた誰も彼も癖がある。
また、細部にわたる書き込みは、重苦しい雰囲気を遺憾なく伝えてくる。北アイルランドで、イギリスで、日本で、過酷な謀略戦が続く。IRAとイギリスの武装闘争に、中国との密約などが絡み合い、リヴィエラにまつわる秘密に接近したものには容赦なく諜報機関の手が伸び、多くの死者がでることになっていく。
リヴィエラとは何者なのか。また、リヴィエラにまつわる秘密とは一体何なのか。読者はそれを追いながら、不条理な世界で男達が生き、そして死んでいく姿を追いかけることになる。圧倒的な筆致で描かれる迫真の小説。読み終わった後もしばし余韻に浸った。いつか再読しよう。再読すれば、きっともっと深くこの小説の世界を楽しめると思う。それだけの深みがある作品。
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![]() | 世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史 (2007/05) トム・スタンデージ 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
生物にとって何よりも欠かせないもの。それは水分である。人間では、食事ならば一週間や二週間取らずとも生きていけるが水は三日なければ死んでしまうと言われる。
だが、いくら必要なものであっても水をそのまま飲むのはあまりに味気がないからだろうか。人類は多くの飲み物を発明してきた。それらの飲み物の中でも、とりわけ ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラという6種の飲み物は歴史において大きな役割を果たしてきた、と著者は説く。
農耕社会の開始と共に人類の前に姿を現したのがビール。ある意味で、文明の開始を告げる飲み物となった。収穫された穀物は教会が一度集め、公共事業などを通じて再分配されていったという。その際の褒賞がパンとビールだった。それはエジプトのピラミッド造りでも同じで、ビールが労働者達への支払い通貨に代わるものだった。
一方で、ヨーロッパでは野生のブドウが多く収穫されたことから、ギリシア・ローマ文化でワインが珍重された。これら古代から知られているアルコール類は、アルコールによる種々の効果もさることながら、感染症の予防に役立ったという視点には驚かされた。蒸留酒には奴隷制度という暗い部分があることにも。
そんなアルコールを禁じたイスラム社会ではコーヒーが見出され、それは異国情緒溢れる飲み物としてヨーロッパに入り込み、雨後の筍のように出現したカフェは新たな社交の場を提供することになる。カフェは科学や歴史などの知識を交換する場にもなったし、政治を動かす場にもなったという指摘は面白い。
茶は中国から世界に広まった。やがて茶は列強による中国侵略の嚆矢となるアヘン戦争とアメリカ独立戦争をもたらしたボストン茶会事件という二つの大きな世界史的事件と結びつく。
最後のコーラが、そういう視点からは異色に見えたのだが、本書を読めばそれは早合点であることが分かる。アメリカ的な民主主義、消費主義とコカコーラは我々のイメージの中で不可分に結びついている。
本書はこれら6種の飲み物について、まずどのように社会に受容されていったかを解説した後で、世界史の中でどのような位置を持つのかを語ることで、社会に与えた影響の全貌を明らかにしている。それぞれの来歴は、今に至っても各飲み物の社会的な位置づけにまで影響を与えている。
飲み物と人類との付き合い、そして辿ってきた歴史を知ることで、これらが更に身近な飲み物になったような気がしてならない。現代だからこそ、これら全てを楽しむことができるわけで、その贅沢さをつくづく感じた。この嬉しさを噛み締めながら、世界を変えてきた飲み物を楽しみつくしたいと思う。
179冊目で紹介した『一杯の紅茶の世界史』では紅茶が歴史上どのような役割を果たしてきたかに主眼が置かれていたが、本書ではそれぞれの飲み物が人類の歴史をどう彩ってきたかが語られている。ちょっとスタンスは違うが、どちらも楽しめると思う。
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![]() | 天変地異の黙示録―人類文明が生きのびるためのメッセージ (パンドラ新書) (2006/06) 小松 左京 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
『日本沈没』で知られる小松左京による文明論。構成は四部に分かれている。内容は以下の通り。
第一部 地球文明に未来はあるか?
第二部 終末観と未来のイメージ
第三部 ユートピアの終焉
第四部 地球政治時代への提言
第一部と第四部は内容として近い。著者が過去、現在、未来をどのように認識しているか。また、とりわけ過去や想像される未来から、現代がどのような位置づけにあるかを語っている。広い知識を持っている方らしく、話が縦横無尽に飛び、冷静な視点を持ち続けていることは評価したい。
第二部では、人類滅亡のイメージとしてどのようなことが考えられるかを論じている。この点、『日本沈没』の面目躍如たるものがある。とりわけ世界各地で見られる洪水神話は文化論としても面白いと思う。
第三部のユートピアは、トマス・モアの『ユートピア』から、オーウェルの『一九八四年』まで、人々が未来をどう描いてきたかを論じている。中にはネタバレが含まれているので、これから読もうと思っている方は避けたほうが良いかもしれない。『一九八四年』は恐ろしいほどの監視社会を描き出した。そして、ユートピア小説はここに終わりを告げる。
『一九八四年』の先見性は恐ろしいほどのもので、それが共産主義を奉じる国々で現実と化したことは記憶に留めて置かなければならないだろう。
が、この部分はSFファンタジアに寄稿したものを持ってきているので、全体としてかなり浮いている。ユートピアを語ることで未来の社会を語ろうとした人々が居たことは分かるが、環境問題やらなにやらを論じている中で突然出てきた観は否めない。
一方でちょっといかがなものかという点も多い。未知の病害との対峙について、こう記している。
また未知の病気が蔓延するというのも、人類は何度も体験してきていることです。古くはヨーロッパを震え上がらせたペスト、二十世紀初頭に猛威を振るったスペイン風邪などは有名です。
(略)
爆発的な艦船の恐れがあるといえばインフルエンザですが、現在では鳥インフルエンザに関する情報がいろいろ報道されています。(略)
P.35
これを読んだら、スペイン風邪がインフルエンザだということが分からないのではなかろうか。これは決して些細なことでは無いと思う。人類はかつてインフルエンザの蔓延によって多くの犠牲を払った。だからこそ鳥インフルエンザが恐れられているのだ。現実的な危険度から言えば、鳥インフルエンザがここ数年以内に人−人の間で感染が広がることは無いだろう。しかし、鳥−人の間で感染が増えればそれだけ人−人の間に広まりうる突然変異のリスクは増していく。だから注視されているのである。
次は、もうチラシの裏の落書きと変わらないレベルのもの。
(略)とくに貧しかった時代の記憶をもたないナイーヴで未熟な若い人たちや女性が、この刺激や痛みに敏感で、動揺し、逆上しやすく、それが社会全体の、不安で、刺激に過敏な状態を作り出している。この面で現代の「人類社会」は、数百年前よりもずっと統御がむずかしくなっているのである。
最近の若者や女性が動揺しやすい、あるいは逆上しやすいといった傾向は存在しない。むしろ著者の世代の人々の方が遥かに逆上しやすかった。その証拠に、少年犯罪は戦後下がり続け、今では往時の三分の一程度に過ぎない。この誤った前提で論を組み立てている以上、「数百年前よりもずっと統御がむずかしくなっている」という結論を是とするわけにはいかない。
自分でしっかり調べた分野については地に足の着いた議論をしているが、印象論で語るところで粗が目立つ、といったところか。こういった不完全さが作品全体の評価を下げてしまうのはもったいないと思う。
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![]() | ビッグバン宇宙論 (上) (2006/06/22) サイモン・シン 商品詳細を見る |
![]() | ビッグバン宇宙論 (下) (2006/06/22) サイモン・シン 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
サイモン・シンには『暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで』ですっかり魅了された。一般人に馴染みの無い世界、それも数学を扱った本でありながら、抜群に面白いのである。興味深い歴史上のエピソードや人物の来歴を交えることで本に引き込む力を持つ人だと思ったものだ。続けて読んだ『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』も圧巻。フェルマーの悪戯としか思えない定理が解かれるまでを、これまた魅力的なストーリーに仕立て上げた彼の才能には恐れ入った。
でも、この本を手に取るのには躊躇があった。宇宙論ならそれなりに本を読んできたので、今更な感じがあったのだ。
暗号にしてもフェルマーの最終定理にしても、数学を使っていて、しかも多くの人が興味の無かったであろう分野を取り上げたから抜群に面白かったのであって、少なからぬ人が関心を持つ宇宙論に取り組んでも二番煎じになってしまうのではないか。そう危惧していたのだ。
だが、私の危惧は、完全な杞憂に終わった。面白い。とにかくひたすら面白いのである。
ビッグバン宇宙論に辿り着くまでに、人類が宇宙についてどう理解してきたかが懇切丁寧に描かれている。それは、ビッグバン宇宙論がどのような意味を持っているかを説明する上で欠かせないためである。おかげで神話がどのように科学へと進んできたか、よく分かるようになっている。この、ビッグバン以前の宇宙論については上巻が丸々当てられているほどの力の入れよう、と言えば凄さが伝わるだろうか。
下巻はいよいよビッグバン宇宙論を取り巻く論争へと移っていく。ここはやはり圧巻だ。アインシュタインの相対性理論、銀河までの距離と銀河が離れていく速度の関係を見出したハッブル、型破りでジョークを愛したジョージ・ガモフ、強硬なビッグバン理論の反対論者でビッグバンの名付け親であるフレッド・ホイル。科学界の巨星達が縦横に活躍する様を追体験する様は、見ているだけで心が躍る。
話題がビッグバンから離れたかと思うと、意外なルートを辿ってビッグバンへの理解を深めるのに役立つ話へ帰結する。登場する科学者たちの発見を、その魅力的な人物像やエピソードと共に語るので読者の興味を逸らさない。専門的な話をしながら難しくはならない、絶妙な持っていきかたには今回もまた感嘆させられた。
宇宙論に僅かでも興味がある方は、是非手に取ってみて欲しい。後悔することは絶対にないと思う。
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