![]() | 黄金のビザンティン帝国―文明の十字路の1100年 (「知の再発見」双書) (1993/06) ミシェル カプラン 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
ビザンティン帝国、またの名を東ローマ帝国。ローマ帝国の正式な後継者である。
現代社会においてヨーロッパの東側が共産化したために没落したため、それを過去に投影して分裂したローマ帝国も西こそ主流のように思われることもある。しかし、実際に栄えたのは東ローマ帝国なのである。
本書では東ローマ帝国の首都・コンスタンティノープル(現イスタンブール)が建国されてから、東西の分裂を経てオスマン帝国によって滅ぼされるまでの間に帝国が辿った道筋を簡略に紹介している。
簡略になっているのは、ほんの厚みに対して図版が非常に多いため。ふんだんにカラーページが用いられ、発掘品や美術品をこれでもかと紹介してくれているので、歴史的・文化的な背景を感じることができる。画像の持つ力はやはり大きい。
東ローマ帝国について本書一冊で大まかな姿を眺めることができる。入門書として優れていると思う。
このシリーズ、図版が多くて結構好き。ページを捲るだけで楽しい。また面白そうなものを探してみよう。
関連図書:
![]() | コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫) (1991/04) 塩野 七生 商品詳細を見る |
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![]() | 外交敗戦―130億ドルは砂に消えた (新潮文庫) (2006/06) 手嶋 龍一 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
フセインが電撃の如くにクウェートを占領したことに端を発する湾岸戦争。知っての通り、日本は総額130億ドルもの国家予算を投じた。
先進諸国中、唯一増税に踏み切ってまで実施したこの資金援助は、しかし冷笑しか招かなかった。これも広く知られているように、戦後にクウェートが感謝を捧げた国のリストから日本は漏れていたし、資金援助をした最大の相手国であるアメリカともむしろ距離感の遠さが感じられるようになったほどだった。
なぜこのようなことになったのか。本書は資金援助がなされるまでの流れを丁寧に追いかけることで、答えを見出している。
理念が無く後手に回る外交、予算配分権を握る大蔵省による二元外交。これらがどれほど湾岸での対応を誤らせたかを克明に描く重厚なノンフィクション。非常に冷静な筆遣いで当時を蘇らせることに成功している。
湾岸戦争が余りにもアメリカ側のワンサイドゲームだったことから誤解しがちだが、当初はフセインがサウジアラビアを席巻する脅威が現実のものだったこと。イランの動向が焦眉の問題だったときに日本のインテリジェンスが大きな役割を果たしたこと。それらが明確にされているのは価値が高い。
現在もきしみをたてている日米同盟のあり方を含めた日本の外交や、国際問題への取り組み方など、示唆する内容の多い本だった。この重みを十分に受け取る人が多いと良いのだが、と思わずに居られない。
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![]() | ぶぶ漬け伝説の謎―裏(マイナー)京都ミステリー (光文社文庫) (2009/08/06) 北森 鴻 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
裏(マイナー)京都の大悲閣千光寺に、元裏世界の住人である有馬次郎が足を洗って寺男として住み着いている。この知られざる名刹に珍問を持ち込むのは自称”社会部のエース記者”折原けいとスチャラカ作家ムンちゃん。
トリックだけは思いついたものの、残りがさっぱり浮かんでこないので考えてくれなどと、およそ作家としてダメダメなことを言ってくる「狐狸夢」、名は体をあらわすを地で行く
いずれも京都ならではの文化と風習を織り込んでいるので、なかなかに雅な雰囲気がある。
それにしても、作中で効果的にご馳走が使われているので食欲が刺激されてならない。作者の好みなのだろうか、日本酒とそれによく合う肴が随所に出てくる。秋の夜長に、あるいは冬のコタツで、お猪口を傾けながら読むのが良いかも。
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![]() | それからの三国志 (2009/06/01) 内田 重久 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
”それから”の三国志。このタイトルは本書の内容を端的に言い表している。なにが”それ”に当たるのかというと、諸葛亮の死である。
秋風の吹く五丈原での諸葛亮の陣没は、確かに三国時代の一つのターニングポイントではある。しかし、234年の諸葛亮の死の後も三国鼎立は続く。蜀滅亡は263年、魏滅亡は265年、呉滅亡は280年。約50年ほど、三国志の時代が続いてく。それなのに、巷で話題になるのは五丈原に星が墜ちたその時までで、後はとって付けたおまけみたいな扱いである。
血湧き肉踊るような、豪傑猛将の活躍は確かに無い。それでも、各々の国に仕える文官武官は国を盛り立てようと苦心していた。本書が焦点を当てるのは、諸葛亮の遺志を継ぎ、中原回復を目指す蜀将・姜維である。読者は姜維を通し、蜀の滅亡と、その直後の成都混乱の模様を目の当たりにすることになる。
元々が姜維について書こうとしたというだけのことはあり、呉の事情には余り触れられていない。例えば、孫権の後継者を巡る争いである二宮の変は無視されている。呉政権の性格を物語る事件なだけに、触れられていないのは惜しい。
加えて、著者が小説家ではないことから、構成や見せ方に、多少の疑問がないわけではない。私としては、著者の主観を述べたところはきちんと主観であると明記しているのは好感を持つ。しかしながら、それがために物語が脱線してしまい、ストーリーに引き込まれる機会が減っているのが実に残念。
諸葛亮死後の流れについては本書一冊で抑えることができる。魏の文化、司馬氏のクーデターなど、広く読まれている吉川栄治や横山光輝などの三国志では触れられていないことが詳細に書かれているのは魅力が大きい。
上記のとおり、満点の小説とは言えないと思う。それでも諸葛亮亡き後の歴史を上手くまとめ、文化面からも考察を加えて三国末期の歴史を蘇らせたことの価値は非常に高いのではないだろうか。三国志ファンなら読んで損することはないだろう。
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![]() | おまえが若者を語るな! (角川oneテーマ21 C 154) (2008/09/10) 後藤 和智 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
若者論は、常に年寄りから若者への侮蔑の念からなっている。太古、メソポタミアからも最近の若者はなっとらん、という落書きが見つかる通り、社会は常に若者を嫌っている。
その一例として、日本においては明らかに減少している未成年者の犯罪が、なぜか増加と報じられる。何故か。新聞を読む層=年寄りに迎合するにはそれしかないからだ。マスメディアだって平気で嘘をばら撒く。評論については述べるまでもなかろう。
本書はそんな巷に流布する若者論をばっさりと切り捨てる。そりゃあもう斬って斬って斬捨てる。その斬りっぷりは小気味よくなるのは否定しない。
ただ、批判対象の文章を全て読んでいない読者には、著者が的確な批判をしているのか、片言隻句を取り上げて非難しているのか区別がつきづらいのが難点である。なので、評価はどうしても辛くなる。読んで楽しくなるわけでもないし。
思うのだが、若者論というものの無理は、若者にも多様なタイプがあることを無視して、一つのタイプについて批判なり称揚なりをするために生じるのだろう。例えば、酒鬼薔薇事件の際に、多くの論者が「今の若者はおかしい」といった類の言説を垂れ流したが、残念ながら未成年者による残虐な殺人事件は過去も発生していた。そして、今後も発生する。それは、サイコパスは一定の割合で必ず生じるからだ。
なのに、サイコパスの一例をもって、若者全体がおかしいなどというのはそもそもおかしい。論理として破綻している。でも、その程度のことを指摘できる能力を持つ人は少ない。昔、1950年代の方が今より3〜4倍も未成年者の殺人が起こっていたじゃないか、と正しい指摘ができる程度の、物事を論じるうえで最低限必要な知識を持つ者も少ない。
とすれば、嘆くべきは若者論の余りの低レベルさではなく、そもそも評論というものに携わる人の質の低さなのではないか。私にはそう思われてならなかった。ただ、本書の批判によって、質の低い若者論提唱者が淘汰されるのであればうれしい。香山リカとか。
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