![]() | 太陽に灼かれて―難病ポルフィリン症を生き抜く (1998/03) タミー エバンズ 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
ポルフィリン症という難病がある。酵素異常により、ヘムの前駆体が蓄積されることで発症する病気であり、太陽光線への過敏が症状であり、日光に暴露した皮膚に湿疹が発生する。治療法は無く、日光を避けることと対症療法しかない。
この余り知られていない病気は、知られていないが故に患者に悲劇をもたらして来た。何が原因か分からないために日光に当たり、苦しい症状を耐えるしかない人びとが大勢いる。
著者自身も遺伝性のポルフィリン症を抱えている。子供の頃から絶え間なく現れる湿疹、原因不明のため治療法も見つからずにただひたすら苦しみに耐えてきたという。本書で詳らかにされるその症状の強烈さには、こちらの顔まで引きつりそうなものがある。
不幸な結婚生活を送った末に幼い子供4を抱え、なんとか大学に入れば指導教官から心無い言葉を浴びせられる。そんな彼女が力をもつようになるのは、素敵な伴侶と巡りあってからである。彼女の苦しみに寄り添い、子供たちを愛する伴侶に恵まれた彼女を、しかし更なる不幸が襲う。長女が、ポルフィリン症を発症してしまうのである。
ここから彼女の戦いが始まる。ポルフィリン症に苦しんできた過去を明らかにし、治療法の研究すらされていない原状を打破しようとするのである。
前半がポルフィリン症に苦しんだ個人の記録であるとするなら、後半は難病ポルフィリン症の存在を社会に知らしめ、理解を求めようとする戦いの記録である。本書の価値は、勿論前半の、ポルフィリン症を紹介する所にもあるのだろうが、主には後半に集中している。前半だけなら不幸な病気の紹介に過ぎないのが、後半によって難病を捻じ伏せる戦いへ昇華されている。
本書の執筆も、病気の理解を求めるのが動機なのだろう。こうした難病と向き合い、それを広く知らしめる。その努力が報われる日が来ることを願って止まない。まずは、私自身、この病気の知識を忘れないようにしたいと思う。
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![]() | 試験に敗けない密室―千葉千波の事件日記 (講談社文庫) (2005/09) 高田 崇史 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
696冊目で紹介した、千葉千波くんが活躍するシリーズ。主人公の八丁堀と千波くんは、八丁堀の悪友と一緒に千波くんの親戚の家へ遊びに向かう。
ところが生憎のトラブルで目的地には辿り着けず、地方の宿に泊まる。ところが、更なるトラブルが。雨のために土砂崩れが発生し、鉄道は止まるわ山道は封鎖されるわで、主人公たちは鄙びた寒村に閉じ込められた格好になってしまうのだ。
宿に閉じこもっていても仕方が無いから、というので、名跡巡りをするうちに遭遇する事件の数々。洞窟に閉じ込められたり、宿の女将が密室で縛られているのが見つかったり、美女が部屋から消えてしまったり。いずれも密室がらみ。なぜこのようなことが起こってしまったのか。その謎を、千波くんは解くことができるのか?(八丁堀は役立たずなので最初から頭数に入りません)
密室がどれも上手いパズルになっていて、理詰めで考えれば解けるのが面白い。ただ、八丁堀がどうにもダメ人間で雰囲気を盛り下げてしまうのがマイナス。ワトソンとかヘイスティングスを期待するのは無理だろうけど、もうちょっと魅力的でも良いのではないかなあ。
それにしてもやっぱり、登場人物たちが揃って薀蓄を垂れ流そうとするのは気持ち悪いなあ。最近の作家の特徴か?「俺はこんなに物知りなんだぜー。すげーだろ!」という雰囲気がぷんぷんして嫌らしくて仕方が無い。それがあるから評価が下がる、という点があると思う。
関連図書
![]() | 試験に出るパズル―千葉千波の事件日記 (講談社文庫) (2004/08) 高田 崇史 商品詳細を見る |
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![]() | 「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3)) (1983/01) 山本 七平 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
空気とはまことに不可思議な存在である。なにせ、これが支配するところ、合理的な判断は退けられ、空気が決定権を握ってしまうのだ。
以前から私は、この「空気」という言葉が少々気にはなっていた。そして気になり出すと、この言葉は一つの”絶対の権威”の如くに至る所に顔を出して、驚くべき力を振るっているのに気づく。「ああいく決定になったことに非難はあるが、当時の議会の空気では・・・・・・」「議場のあのときの空気からいって・・・・・・」「あのころの社会全般の空気を知らずに批判されても・・・・・・」「その場の空気も知らずに偉そうなことを言うな」「その場の空気は私が予想したものと全く違っていた」等々々、至る所で人びとは、何かの最終決定者は「人でなく空気」である、と言っている。
いささか長めに引用したが、なにやらどこかで聞いたことがあるような言葉のオンパレードではないだろうか。「空気」の支配の例として著者が挙げるのは、戦艦大和の特攻である。援護する航空戦力を欠いた戦艦が無事に戦闘地域に辿り着くなど、大和出撃の決定に携わったうち誰一人として信じていなかった。しかし大和は特攻した。その結果、誰もが予想したとおりに大和は米海軍の攻撃を受け、2700人余の戦死者と共に海底に沈んだ。なぜ、この無駄な特攻が行われたのか。そこでも出てくるのが、やはり「空気」なのである。(wikipedhia-大和参照)
著者はこの「空気」が支配するということと、その結果何が起こるのかを辛辣に述べている。そして、なぜ日本では「空気」による支配がかくも容易に起こってしまうのか、そこに切り込んでいる。つまり、明治時代、西洋文化を取り入れる中で表面的な合理主義だけを取り入れ、背後に儒教的な思想体系を残したからではないか、というのだ。
西洋では良くも悪くもキリスト教という思想的根幹がある。その根幹から派生する一つとして合理主義があるので、文化的に衝突も無く、自分の意見を貫くことができるのではないかというのが著者の指摘である。それに賛同するしないは別として、「空気」の奥に切り込むその姿勢は高く評価されているのも当然だろう。
ただ、例えばイタイイタイ病の原因がカドミウムである、ということも「空気」支配の一つとしている点などは先走りしすぎているように思われてならなかった。(イタイイタイ病の化学的・生理学的な原因追求は未だなされていないとは言うが、疫学的調査によりこの関連は示されている)
それよりも、同著者の『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』に繋がる、日本軍がなぜ敗れたのか、との問いが根底にあるように思えてならない。日常のちょっとした失敗であれば、”「空気」に流された”で済むかも知れないが、大きな判断で空気の支配を許してはならないのだろう。KY(空気が読めない)などという略語が流行ったことを思えば、まだまだその道は遠いのかもしれない。
関連図書
![]() | 日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21) (2004/03/10) 山本 七平 商品詳細を見る |
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![]() | 心にナイフをしのばせて (文春文庫) (2009/04/10) 奥野 修司 商品詳細を見る |
評価:☆☆
神戸連続児童殺傷事件、あの酒鬼薔薇の名で行われた一連の事件で、まず驚かされたことは、14歳の少年が、被害者の首を切り取るという残虐な殺人事件を犯したことだった。
酒鬼薔薇事件でもう一つ驚かされたのが、犯人に対する余りといえば余りの厚遇と、それに反比例すかの如き、愕然とするほどの被害者無視の行政である。いや、少年法のあり方、というべきか。
酒鬼薔薇は、もう既に出所している。2004年に少年院を仮退院、2005年に本退院していることから考えれば、少年院への入院がたったの7年。二人を殺害し、他にも三人を襲撃したことは、たったこれだけで償えてしまうことだとでも言うのか。
他に類例が無く、対応する法律が考えられていなかった、というなら分からないでもない。しかし、酒鬼薔薇事件より28年も前に、同じような事件があった。高校生首切り殺人事件がそれである。本書はこの事件の被害者側に立ち、被害者の一家が以後どれほど艱難辛苦を舐めたかをまとめている。
家族を奪われた人々の苦しみや重みは計り知れない。実際、母親は倒れて寝込み、妹は感情を表せなくなった、という。父親がそれを必死に支えていたようだ。
ただ、どうにも、遺族にも感情移入できない雰囲気があった。おそらく、著者がずっぽりと被害者側に浸っているので読者として一歩退いてしまうのが原因ではないだろうか。確かに遺族にしてはやり切れない思いをするのは分かる。でも、ノンフィクションなら、それを上手く表現しつつ、しかし一歩離れたところから文章を綴らないといけないのではないだろうか。
本書のラスト近くになって、加害者が弁護士として活躍していることが明かされる。被害者遺族の苦しみに対比されるように持ってこられるこの事実が、本書を一層重苦しくしている。この事例は、犯人の更生としてもとりあげられることもあったようだ。しかし、本書からはその雰囲気は伺われなかった。
いや、本人が真摯に反省して、遺族もそれを受け入れて、というのであれば更生も信じられないわけではない。しかし、いじめが背景にあったとしても、遺族への謝罪は無し、裁判の和解で決められた賠償金は払わない、では更生と思われなくても仕方が無いだろう。
「(略)するとA君は、
『少しぐらいなら貸すよ、印鑑証明と実印を用意してくれ、五十万ぐらいなら準備できる。今は忙しいから一週間後に店に持っていくよ』
そうまくしたてて、電話を切ってしまったんです」
少年法の目指す更生って、なんなんだろう。そう思わずには居られなかった。
なお、本書については批判も少なくないようで、少年犯罪データベースでもサレジオ首切り事件精神鑑定書のエントリで取り上げられている。こちらも是非参照して欲しい。
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![]() | テロルの決算 (文春文庫) (2008/11/07) 沢木 耕太郎 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
1960年10月12日、社会党の党委員長・浅沼稲次郎が、演説中に右翼で17歳の少年・山口二矢(おとや)に刺殺された。
なぜ少年は老政治家に、それも個人としては善人と評するしかない老人に、刃を向けたのか。一方にその問いかけがあれば、もう一方の問いかけはこうならざるを得ない。即ち、なぜ善人の老政治家は、少年から命を狙われることになったのか。
本書はその二つの問いの間を行きつ戻りつしながら、刺殺事件の全貌に迫っている。生き急ぎ、死に急いだ少年へ過度な思い入れをせず、老政治家を無意味に称揚しない。あくまでも冷静に、しかし激しく、二人の人生が交錯したその一瞬と、そこに至るまでの二人の人生を描き出すことに成功している。
本書を手に取らなければ、私の中で山口少年は自分の意見と相容れない政党のトップをテロルによって排除した、粗雑な人物としての姿しかなかっただろう。殺された側の浅沼委員長も、悲劇の主人公としてしか思わなかったはずだ。
それが、二人の人生を丹念に追いかけたこの秀逸なノンフィクションを手にしたことで、褒められたものではないとしても純粋で、一途な少年の姿を知ることができた。もう一人の主人公、浅沼委員長にしても、なぜ彼が滅私奉公という言葉以外が思い浮かばないほど、党を守り立てようとしたのかも伝わってくる。
私個人としては、二人の、どちらの立場も首肯し得ない。それでも本書によって生きた二人の姿が脳裏に刻まれることになったのは否定しがたいのだ。そう思ったとき、本書が”ノンフィクションの金字塔”と称される理由が分かった気がした。人間をしっかりと描き出した傑作だと思う。
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