![]() | 朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫) (2006/09) NHK「東海村臨界事故」取材班 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆☆
JCOの東海村施設で発生した臨界事故。ウラン溶液を余りにも杜撰に扱った結果、臨海事故が発生、作業に当たっていた3人がのうち、2人が強烈な放射線を浴びた。そのうち、より至近で作業を行っていた大内さんは、致死量8Sv(シーベルト)を大きく超える20Svの放射線を浴びた。
大内さんは東大病院に搬送され、そこで最先端の医療と親族らによる懸命の介護を受けるが、治療の甲斐無く、事故発生83日目に、遂に亡くなった。本書は臨界事故から大内さんが亡くなるまでの壮絶な戦いの記録である。
私は大学時代、少しだけ放射線を扱ったことがある。その関係で、放射線が人体に与える影響についてはやや専門的な授業も受けていた。だから、大内さんが浴びた放射線が致死的な量であることはすぐに理解したし、そんなに長くは生きていられないだろうとも思った。その予想自体は正しかったわけだけれども、その裏で展開されていた懸命な治療と、その努力を嘲笑うかのごとき放射線が人体に与える影響の恐るべき実態にはとても思いが至らなかった。
放射線は、最も活発に分裂する細胞を狙い撃ちにする。それは皮膚を生み出す細胞であったり、免疫を司る細胞だったり、粘膜の細胞である。これらが失われたらどうなるか。古くなった皮膚は剥がれ落ちるが、新しい皮膚は無い。免疫力が極端に下がるため、通常の免疫力を持つ人ならかからないような感染症に侵される。粘膜が失われるため消化すらできなくなる。そして、この状態は放射線を浴びた人が生きる限り、永遠に続く。
導き出されるのは冷厳な結論。即ち、今でも放射線を浴びすぎてしまった人にできる根本的な治療は無いということ。
それでも、大内さんの事例は次以降の悲劇を少しでも防ぐきっかけになり得るのではないだろうか。放射性物質の杜撰な取り扱いだけではなく、取り扱う側の注意すべきことや、そして、致死量ではない放射線を浴びてしまった場合の救急医療について。
いい加減な管理体制、危険を忘れたあってはいけない事件。そこから何かを学ぶことが、失われたお二人の命に報いる唯一のことだと思う。不完全な存在である人間が、潜在的には常に危険を持ち続ける核を手放さないのであれば、事故はいつか再発する。その時に、今回の事例を役立てるのに貴重な記録になっていると思う。
私事だが、事故と同時期、私も大切な家族の回復を必死に願っていた。だから、大内さんのご家族の姿が当時の私の周りと被ってならなかった。助からないとなったとき、医療がどうあるべきなのか、きっと正しい答えなんか無い。もう助からないは死ではないというのが、せいぜい掴み取れるぎりぎりの共通認識だと思う。
本書でも苦悩する医療従事者の姿がありのままに表現されている。そして家族の懸命な姿も。
医療従事者の側からも、被災者の側からも、被災者を支える家族の側からも、救急医療について考える良い機会になると思う。
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![]() | 今村均―信義を貫いた不敗の名将 (1999/06) 葉治 英哉 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
帝国陸軍にあって、精神論に流れず、補給を軽視せず、占領地の人々にも温かい目を注いだ将軍、今村均大将。終戦前、どの方面軍も一様に飢えていたというのに、今村率いる軍は食料の自給自足体制を整えていたために例外となっている。泥を啜り、草を食んでも精神力で乗り切る、といった愚かな精神論に流れなかった。
統治者として優れていただけではなく、軍を率いては常に目的を達成。負け戦である太平洋戦争において不敗という、驚嘆すべき功績も残している。それには幸運も味方しているが。敗戦時にはラバウルにあったのが、アメリカ軍がラバウルを敢えて攻略せずに先を急いだことはその最たるものであろう。
本書は文武共に優れた将軍の行跡を辿り、その人間的な魅力を紹介している。インドネシア統治にあってはスカルノを釈放するなどしてインドネシア人にも丁寧に接し、敗戦後には復讐的な戦犯裁判でいい加減な裁判から部下を守ろうと奔走する。おまけに、日本帰国後も、自ら望んで部下達が収容されている刑務所に服役囚として戻っていく。精神論には頼らなかったのに、精神的な強さは人一倍の、この稀代の人物を知る機会があったことは嬉しい。
ただ、節々に行き過ぎた表現が見られるのが引っかかった。例えばノモンハン事件について、世界戦史上に類を見ない惨敗(p.75)と表現しているが、死傷者で言えば日本軍よりもソ連軍に多くの犠牲者が出ていること、兵器の損失についてもソ連側の方が被害が大きかったことからすればそこまで言い切るのは問題だ。戦後処理においてソ連側の主張が通っていることから、日本軍の方が継戦能力に欠けていたのは間違いない。
継戦能力に差が生じた原因として補給線や生産力の差があるのは事実だろう。また、この補給や生産力を日本軍が無視したのも事実だろう。だから、日本軍が補給の重要さに気付かなかったという批判は正当なものだと思う。しかし、そこから先は言いすぎでしかない。批判は正しく行わなければ、全体の信用度が下がってしまうので、ちょっと残念。また、文章がやや散文的で、頭に入ってこないのもややマイナスポイント。このあたりは著者と年代が離れているため、慣れ親しんだ文章の違いかもしれないけど。
腐したところはあるが、それでも今村大将の人間的な魅力はひしひしと伝わってきたのは事実。トータルとしては満足できた。
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![]() | “文学少女”と死にたがりの道化 (ファミ通文庫) (2006/04/28) 野村 美月 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
タイトルに惹かれて購入してみた。
良質のライトノベルというか、文学案内というか、なんとも位置づけが難しい。
物語の書かれた紙を食べてしまう”文学少女”天野遠子と平穏と平凡を愛する男子高校生、井上言葉。そんな二人は文芸部で怪しげな活動を繰り広げている(井上が紡いだ物語を天野が食べてしまうという)。そこに持ち込まれたのは恋文の代筆。って、それを代筆してもらってどうする。ともあれ、二人が取り組むことになったのは孤独な心の嘆きであった。
文学少女だけのことはあり、本書では太宰治の著作がいろいろと取り上げられている。私が知っているのは『走れメロス』くらいで、それもかの傑作手袋を買いに走れで全文というか半分というかを読んだに過ぎないわけで、太宰の世界は全然知らない。だから、人間失格の暗い人というイメージを払拭してくれたのは収穫かな。
ただ、感情がどういうものか分からない、というような感じのことが取り上げられているけれども、これは多分自意識過剰な高校生くらいなら嵌ることがあるシチュエーションかもしれない。ついでに、この設定を見たとき、アスペルガー症候群?と思ってしまった私には文学的な素養なんてちっともないことが痛感されたのは内緒。
このシリーズ、この調子で色々な作家を取り上げて居るようなので、また手に取ってみるかもしれない
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![]() | 地球を斬る (2007/06) 佐藤 優 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
外務省のラスプーチンと呼ばれ、鈴木宗男と共に失脚し現在起訴休職中の著者による国際情勢ウォッチ。『フジサンケイ ビジネスアイ』で連載された記事を集めたため、一編一編は短いのだが、短さを感じさせない迫力がある。
行間を読む、という点ではこれほど素養を持つ人も少ないのではないだろうか。なにせ、ソ連駐在時に”真実”を名乗るくせに本当のことなどこれっぽっちも書いてないプラウダを読み続け、そこから政権の本音を探ろうとし続けた人物だ。だから、今でも秘密のベールの奥に横たわる各国の真の思惑を公開情報から読み取るのはお手の物なのだろう。
北朝鮮、中東情勢、そしてお得意のロシア情勢、これらの裏のインテリジェンス。自らの経験や知識を活かして一般読者に分かり易く語りかける腕前はまさに圧巻。冷徹な外交ゲームのルールをこれでもかと開示してくれている。
著者の見解が必ずしも正しいというわけでは無いだろう。しかし、それは限られた情報から相手の意図までをも見通そうという営みにはどうしても付きまとうこと。なので、こうした知を積み重ねて、最適と思われる手段を探っていかなければならないのではなかろうか。情報との付き合い方を考えさせてくれる貴重な本。今後も著者からは目が離せなさそうだ。
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![]() | 世界の中国人ジョーク集 (中公新書ラクレ) (2008/07) 鈴木 譲仁 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆
中国。偽ディズニーランドに代表される偽物天国、毒入り餃子や手抜き工事といったカネのためなら何でもありの国。この国の実像を探ろうとしても厳しい情報統制のために情報すら足りない。強国の一画でありながら、他国とは異質な雰囲気が溢れている。
そんな異様な国を、正面から批判するのではなく笑い飛ばしてしまおう、というのが本書。というか、あの国は本当のことがジョークっぽいこともあるのだけれど。
本書からは中国の余りにも悲惨な現状が溢れてくる。抑圧される人々、腐敗する権力、蔓延する拝金主義。いくら過渡期とはいえ、見過ごすことの出来ない状況が現出している。それを深刻に語るのばかりが芸ではない。形を変えた批判として、ジョークを使うのは有効な手段かもしれない。
ただ、ジョークとしてはどうだろうか。ジョークはやはり笑えないといけない。その上で、笑いの中に毒を混ぜるのが上質なジョークでは無いだろうか。例えばソ連のブラックジョークは、酷い現実を突き放して見ることで笑いに転化してしまう。この手の笑いは権力側にとって危険極まりない。だからソ連ではブラックジョークは隠れたところで楽しまれてきたのである。
残念なことに、本書に載せられているジョークには、こういった突き放した目が感じられない。ジョークというよりも、皮肉の領域に留まって居るように思えてならないのだ。中国での長年の体験から問題を炙り出しているところは高く評価できるが、タイトルにやや偽りあり、というのが実感だ。
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